◆ジャンケットという闇
2014年5月2日付の「ウォール・ストリート・ジャーナル(ウェブ版)」にマカオのジャンケット業者が失踪したという記事が載りました。
マカオのジャンケット(有力賭博客の仲介業)関係者が失踪し、世界最大のカジノ市場を揺るがしている。
中国の特別行政区における賭博収入の約3分の2を占めるあっせん業者の不透明なネットワークに焦点を当てるこの事件では、関係者が最大100億香港ドル(約1300億円)の債務を抱えるものと見られる。
ラスベガスなど世界の他のギャンブル拠点とは異なり、マカオでは多くの顧客についてジャンケットに依存している。
ジャンケットは中国本土から高額を投じる賭博客を招き、信用の付与やプレイヤーの負債回収を通じて手数料を得ている。
この制度が当地に根付いたのは、中国政府が市民に本土から持ち出すことのできる現金に制限を適用するほか、賭博客の負債が中国国内では有効とみなされないため。
この件を調査している複数のカジノ・ジャンケット業界の上級幹部によると、マカオの賭博業界で約4年間にわたりジャンケットを活発に運営していたHuangShan氏が先月行方不明になった。
Huang氏の消息がつかめないために、出資者の最大3億ドルもの資金の回収が困難になっていると幹部らは述べた。
Huang氏は出資者に月2.5%の配当を付与することで大事業を築いたが、同業界幹部によるとこれは業界水準の1%から2%を上回る率だ。ジャンケットの業務は、銀行のように出資者から現金を集め、これを賭博客に融資する。多くの出資者は毎月の固定配当収入を条件に融資資金の提供に合意している。
Huang氏は当局から何らかの不正行為の容疑をかけられているわけではない。同氏のコメントは得られていない。マカオ司法警察局の代表はコメントしていない。マカオのカジノ当局はコメント要請に応じていない。
賭博事業への出資者が資金回収に奔走する中、業界幹部は今回の事件がマカオでの信用縮小につながりかねないと危惧している。マカオの賭博収入はラスベガスの7倍多い。
カジノ幹部は、各社がこの事件から直接被害を受けることはないものの、システムへのショックの可能性を懸念していると述べた。
これまでにもマカオのジャンケット業界で多額の債務を抱えた人が失踪することはしばしばあったが、「市場は微動たりともしなかった」と状況を調査しているカジノ上級幹部は述べた。
ただ、金額の大きさから判断すると今回は影響が出る可能性もあると指摘した。マカオ最大級のジャンケットへの出資者は「この人物を少なくとも100人が探している」と語った。(中略)
中国南部の貴州省出身のHuang氏は4月中旬にマカオを離れたもようだが、ニュースが急速に広がったきっかけは、4月20日に賭博債務の疑いがかかる人のリストを掲載するサイト「ワンダフルワールド」で失踪が伝えられたことだった。このサイトを所有するジャンケット出資者、CharlieChoi氏は、これほど大規模な事件は今まで聞いたことがないと述べた。
Huang氏が関わっていたジャンケット会社、マカオの金麟グループは、澳門博彩控股(SJMホールディングス)の「グランドリスボァ」、銀河娯楽集団の「スターワールド」、新湊博亜娯楽(メルコ・クラウン・エンターテインメント)の「アルティラ」、MGMリゾーツの「MGMマカオ」の4つのカジノで運営している。
しかし、金麟は先週、Huang氏と出資者が同社の知るところなく交わしたあらゆる非公式の合意について責任を負わないと文書で明らかにした。
マカオの220近い公認ジャンケット運営会社の1社である金豚の幹部は、Huang氏は同グループとは別に自身の賭博事業を運営しているほか、Choi氏のサイトの情報は正確だと述べた。
起業家精神に満ちたジャンケット業界では、個人が複数の異なる役割を担うことも珍しくない。
ジャンケットの顧客や出資者の多くが同時に代理人の役割も務めており、ギャンブルに共に興じるよう友人を誘う際にも手数料を得ている。
出資者が複数のジャンケットグループの株を保有していることもしばしばある。
潜在的損失を見極めるために互いに話し合っているカジノ・ジャンケット幹部は、最大3億ドルという推定値を示している。
しかし、消えた資金の具体的な額は不明で、この無秩序に広がり、互いにつながる業界の不透明性を浮き彫りにしている。
事情に詳しいカジノ幹部によると、Huang氏失踪のニュースが広がるにつれて、出資者は資金回収を目指して同氏のジャンケットが運営するカジノのカウンターに殺到した。
ジャンケットへの出資資金の一部は、賭博客が利用できるようにこうしたカウンターで保管されているためだ。
世界各地の規制当局がジャンケット業界について警戒感を表してきたが、その一因は企業がその保有構造や業務、顧客について詳細をわずかしか開示していないことにある。(後略)
カジノにおけるVIP客の仲介業者であるジャンケットの代表が失踪してしまったという事件です。
本人が資金を持ち逃げして、どこかへ消えてしまったのか、資金を奪った誰かに拉致されてしまったのか、事件の真相はわかりません。
しかし、ジャンケットというシステム自体、こうした危うい部分を内包していることだけはわかります。
記事を読むとわかりますが、ジャンケット運営会社は高配当の利回りを謳って、投資家から資金を集めていました。
そうでもしない限り、VIP客がVIPルームでカジノを楽しむだけの資金を(事実上、現金で)、右から左へ動かせないのでしょう。
その資金とともに、ジャンケット(の関係者)が失踪してしまったわけですから、資金の行方が問題になるのはもちろんのこと、ジャンケットというシステムそのものの不透明さも露呈することになったのです。
例えば、日本がカジノを解禁した場合、ジャンケットのシステムを認めなかったとしても、裏で非公認に暗躍する人たちが現れる可能性は低くありません。
推進派は、「暴力団等の反社会的勢力を徹底的に排除する」と言いますが、裏でジャンケットまがいのことをされた場合、どうやって排除するのでしょうか。その際、不法な投資ビジネスも必ず付いてきます。
裏ジャンケットが破綻したり、このマカオの事件のように資金とともに代表者が失踪してしまったりしたら、大問題となることでしょう。ジャンケットを認めても闇、認めなくても闇。
カジノの煌びやかな表舞台だけを見て、「経済効果がありそうだからやろう」という短絡的な発想ではたしていいのかどうか。よくよく、議論しておきたいところです。
◆カジノ解禁でやってくる外国人とはほとんどが中国人
さて、ここまで見ていくと、もし日本がカジノを解禁した場合、どういうお客さんがやってくるのか、ほぼ見当がつくことと思います。
もちろん、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニアなどから来る人もいるかもしれません。しかし、カジノ運営企業のビジネスを支える顧客は、その大半が中国人富裕層です。
「国際観光」などと言うと、日本人の多くはそのイメージだけで、欧米人が日本のオリエンタルな雰囲気を味わいにやってくるのだろうと思うかもしれませんが、残念ながら、やってくる外国人の大半は中国人です。
そして、そのまた大半の来日目的は「マネーロンダリング」ということになります。「中国人がマネーロンダリング目的で大挙して日本にやってきたとしても、日本にお金を落として行ってくれるならそれでいいではないか」というのが、日本国民の総意であるなら、それはそれで構わないと思います。
しかし、「欧米人が日本のすばらしさに魅せられて、たくさんやってくる」と思っていたのに、蓋を開けてみたら「マネーロンダリング目的の中国人がたくさんやってきた」ということになるのだとしたら問題でしょう。
あとになって、「マネーロンダリング目的の中国人ばかり来るなんて思ってもみなかった」では済みません。それでもいいのかどうか、ここもきちんと議論する必要があるでしょう。
◆観光立国日本をアピールする目玉がカジノでいいのか
2014年6月1日の観光立国推進閣僚会議において、政府は「観光立国日本」を世界にアピールし、2020年をめどに訪日外国人を現在の2倍の2000万人にするための新たな行動計画をまとめました。
まだ、カジノ法案が成立していない段階ですから、直接的な表現は控えているようですが、この観光立国の目玉としてカジノを活用する気は満々のようです。
日本の魅力を多くの外国人の人たちに知ってもらい、何度も日本に来てもらい、日本を好きになって帰ってもらい、帰国後も周囲の人たちに日本のよさをアピールしてもらう。
そんな外国人観光客が増えれば、観光立国日本の達成もそう遠くはないことでしょう。
ですが、その目玉となるコンテンツが「カジノ」で、はたしていいのでしょうか。
先ほど、カジノ解禁でやってくる外国人は、マネーロンダリング目的の中国人富裕層が大半だと書きました。
「そんなことはない。純粋に(?)ギャンブル目的の外国人観光客もたくさん来るはずだ」と反論する人もいるかもしれません。
百歩、いや一万歩譲って、マネーロンダリング目的ではなく、純粋にギャンブルをしに来る外国人がやってきたとしましょう。
観光立国日本がターゲットとする顧客層は、はたしてそういう人たちでいいのでしょうか。
ギャンブル目的でやってくる外国人が、日本というすばらしい国を本気で好きになってくれるでしょうか。
「ギャンブル目的でやってくる外国人が、帰国後、日本の魅力について、周囲の人たちに語ってくれるでしょうか。どうも、私にはそうは思えないのです。
日本には観光客にアピールすべき魅力がたくさんあるはずです。
それは、自然の風景かもしれませんし、技術大国としての工場かもしれませんし、京都や奈良、鎌倉などの歴史的価値の高い都市かもしれません。
南北に長く、高低差の激しい国土を利用して、北海道でスキーをした次の日に沖縄でマリンスポーツをするなんていうのも魅力的かもしれません。
あるいは、クールジャパンなどと呼ばれる日本のコンテンツ産業に触れてもらうというのもあるかもしれません。
切りがないのでこのあたりでやめますが、いずれにしても日本には海外にアピールすべき魅力がたくさんあるということはわかってもらえたかと思います。
それをせずに、こともあろうに「ギャンブル」を日本のアピールポイントにしようというのはいったいどういうことなのでしょうか。
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