2⃣当選
運命の宝くじを買ったのはいつのことだったか覚えていない。
いつものようにスマホを見ていて、何となく思い出して、ネットバンクのアカウントにログインし「クイックピック」と呼ばれる数字をランダムで機械が選んでくれるもので何口か購入したのだろう。
当選する前の数ヶ月間そのようなルーティンを繰り返していた。当時の仕事が繁忙期で、ス―パーや商業施設に立ち寄る機会も少なかったためだった。なんせ宝くじ売り場は結構早い時間に閉まってしまうため、空いているのを見かけるだけで少し運命を感じてしまうくらいだ。
宝くじを当てて間もなく仕事は辞めることになるのだが、辞める寸前と言えば休日も返上して、給料や残業代は出ないが出社して事務仕事をするようなステルス出勤もしていたくらいだ。
ブラック企業だという人もいるだろうが、体感ではブラックでもホワイトでもない3割程度の労働者はこんな感じではないかと感じているが、その当時、公務員でもこのような働き方をしていし、珍しいことのようには感じられない。
さて、話を戻すが、八億円が当選した瞬間が分かったのは夜、自宅でのことだった。
スマホの通知は基本的に切っていた(仕事用はガラケー)ため仕事から帰ってきたらスマホ通知チェックが日課となっていた。その日も例によって大量の通知を処理していた。
次々と、半分無意識で通知を横にスライドして消していく。時々彼女からラインが入っていたりすると確認して返信し、またどうでもいい通知削除に戻る。
しばらく通知を処理していると「当選」というメールの題名が目に飛び込んできた。
また詐欺メールかと思い通知を横にスワイプして消したが、何となくいつもの詐欺メールとは違うような、日本語がしっかりしているなと違和感を感じ、少し期待感を感じながらメールアプリを開く。第六感というやつかもしれない。
そして、上から何個目かにあったその「宝くじ当選のお知らせ(みたいな題名だったと思う)」というメールを開くと、明らかに詐欺ではないだろうと分かるようなネットバンクからのメールが届いていた。
「宝くじ当選」という言葉を見て一瞬心臓が高鳴ったが、当選といっても数百円や数千円かもしれない。それでも初めての体験に息が詰まり、鼓動が速まる。
一番強く感じたのはむしろ不安で、これだけ期待して数百円しか当たっていなかったという現実を知ってしまった反動で絶望してしまうのを恐れていた。
何とかその反動に備えようと、なるべく期待を膨らませすぎないように「どうせ数百円、よくて一万円だろ」と自分に言い聞かせながらネットバンクにログインする。するとほとんど変わらない口座残高が表示される。確か三千円くらいしか入っていなかったと思う。
「ああ、やっぱり数百円だったのか。」と落胆し、心臓の高鳴りもおさまってきた。しかし、どの番号が当選したのだろうと気になり、「アタリ」という購入履歴を見る。
そのくじを確認すると明らかに全ての数字が当たっているのが目に入った。一瞬思考が停止し、もう一度しっかりと確認するが、やはり全ての数字が黄色く光っているし、その下には1等という文字の横に一目で桁数が確認できないほどのゼロが並んでいる。
何度も確認するが、二等より下は全て0円と表示されているし、一等の当選が自分のものだということは明らかだった。
私は手の震えが止まらなくなり、呼吸もうまくできず、心臓が口から出そうなくらい高鳴っていたし、同時に吐き気までしてきたのを今でも鮮明に思い出せる。
桁に関しては見積書で見慣れていたし、百万単位から数え始め、すぐ億単位だと言うことが分かった。8億円のほぼ満額当選だ。
形容し難い喜びのあまり大声で叫び、窓から飛び降りたいほどであったが、何とか抑え、一人その場で踊り狂うように暴れながらエゼエと言う声を上げていたのを覚えている。
そして少し疲れて冷静になってきた頃、もう一度息を切らしながら当選番号を別のサイトで調べ、自分の選んだ数字(クイックピックだが)と交互に見比べて、アナログな手法でも完全に違いないことを確認した。あれほどの興奮は今後何があっても得られないだろう。
当たったのは間違いないが、当選金はいつ振り込まれるのかわからないという不安もあった。当選金を何に使おうかと考えるより、まずは当選金が振り込まれるまで無事に生きていたいと思った。
宝くじが当たったら事故にあうと言うし、そうでなくてもこれから人生の本番を迎えるのに、その前に死んだり大怪我をするわけにはいかないと、いつもは気にしない布団(ベッドではなかった)の横に置いる棚が倒れてくるのではないとか、料理中に熱湯をかぶるのではないかとか、とにかく身の回りのも全てが脅威に思えてきた。
とにかく当選金が支払われるまで寝ているのが安全だと思い、布団の位置を棚の横や電灯の下からずらして布団に入る。戸締りはしたかとか、いっもは開けっぱなしのガスの元栓が気になったりと一通りソワソワした後は、何度も当選の画面を確認して、桁を数え、妄想を膨らませた。
ずっと寝ていたのか起きていたのかわからないような感覚のまま朝を迎えた。翌日は土曜日で、仕事は休みだった。いつもなら少しでも出社して作業を行うこともあるのだが、もうその必要はなかった。
私は起きてすぐネットバンクの口座にログインし残高を確認したが、振り込まれていなかった。土曜日だからなと思いつつ、何かの陰謀で当選がなかったことにされるかもしれないと思い、当選結果をまた表示してはスクリーンショットを何度も取った。
そしてその画像をPCにコピーし、さらに手持ちのUSBメモリーにもコピーして、もし当選が取り消されても裁判で勝てるように証拠を揃えた。
今思えば八億円なんて一般人にとっては大金でも、上には上がいるし、そんなに身構えることではなかったなと思うが、普通は誰でもまともな精神状態ではいられないだろう。
土曜日はほとんど何もしなかった。いつもは牛丼屋などで昼食を済ませ、夜は節約のためになるべく自炊をしたりもしていたが、とにかく目の前の意識は当選金の振り込みを確認することだった。それまでは意地でも家を出たくなかった。
彼女のA子からも、土日はお互い一応は休みであったため連絡が来ていた。A子のことは信用しているし、結婚も視野に入れている。いつかは話さなければならないとは思ったが、とにかくその時は会うことも控えた。
「仕事で今日もステルス出勤」とその当時よく送っていたラインを送り、「がんば!」と返ってくるようなやり取りをした。嘘をつくのは心が痛むし、もしバレたらそれはそれで浮気など疑われるリスクもあったが、とにかく今は金だ、という気持ちが強かった。
とにかく振り込まれるまでの時間は長く感じられた。いつもならYouTubeを見たり音楽を聴いたりしていればあっという間に終わる休日が、何をしても集中できないし、遠足を待つ子供のように早く明日にならないだろうかと、ただそれだけを考えていた。
日曜日も同じだったと思う。数十分おきにネットバンクの口座を確認したり、「宝くじ当選金の使い道」なんかでググったりしていたが、無人島を買うなんていう馬鹿げたことばかりが出てきて、あまり参考にはならなかった。
退職
そして月曜日を迎えたが、まだ当選金は振り込まれていなかった。
一応会社での人間関係というか、信頼関係もあるし、いくら大金が当たったからといって突然姿を消すことができるほど薄情ではなかった。とりあえず、しばらくは出社する覚悟を決めたのだった。
土日のステルス出社をしなかったことで、いつも以上に忙しかったが、おかげで久しぶりに宝くじのことは忘れることができた。
それでもやはり数時間に一回は会社のトイレで、車内で、まだかまだかとログインしては振り込みを確認していた。
その時は、一応後腐れなくやめておきたいと思っていた。事前に調べた時には退職願を思いきり叩きつけるというドラマのような展開も想像したのだが、社内に関して言えば先輩にはお世話になっていたし、嫌いな上司も特にいなかった。
不満があるとすれば会社という漠然とした存在に対してというわけだった。また、八億円もあれば何か起業する機会もあるかもしれず、どこで誰と会うことになるかわからないというのは数年間の社会人生活で身につけた教訓だ。
当選金が振り込まれたのが分かったのは確か数日後の火曜日か水曜日のことだった。ちょうど残業が終わり、帰ろうという間際に振り込みチェックをしたときのことだ。遂に当選金が振り込まれていた。
もっと「何か」があるかと変に身構えていたのだが、全く何の前触れもなくただ静かに表示されている口座残高が八億円増えていた。何度見ても異常な桁数だ。
ただ一人、静かに喜び、どうしても堪えられない笑みを誰かに見られないように顔を隠しながら車に乗り込み帰路についた。とにかく、これでひと段落したのだと安堵した。
それからというもの、とにかく仕事を辞めることに集中した。思っていたよりも長く働いていたと思う。繁忙期が過ぎるくらいだったので二ヶ月くらいだろうか。
自分でも意外だったが、大金が入ってきたら豪遊してしまうだろうと思っていたが仕事を辞めるまではほとんど使うことがなかった。
強いて言えば自炊をせずにほとんど外食になったことや、昼食の牛丼を道の向かいにあるカツ丼屋に変えたようなレベルだ。トッピングやサイドメニューもこれでもかというほど頼んだ。
「金がある」という感覚は想像以上にすごいものだった。
少し性悪なのだが、取引先からのちょっとした嫌味を言われても「この貧乏人め」と思えば全く気にならない。
自分の力で得たわけでもない金だが、例えば親が金持ちの子供なんかはそんなふうに思ったりするのだろうか。それとも、生まれながらにして金持ちなら優越感も何も感じないのだろうか。
それどころか、活力さえ湧いてくるのだ。道を走っていく高級車を見れば羨ましいなどとはもう思わない。
あれも端金で買えてしまうのだ。その辺のビルだって買える。そう考えると、街の景色や歩く人物全てが自分のモチベーションになる。
「俺はあいつより金持ちだ、あれも買えるしこれも買える。きっとあの女だって買える!」あの感覚はいわゆる成金にしか味わえないだろう。本当に一時期は快感だった。
私はそれから見違えるように仕事をした。繁忙期も終わりに近づき、ある程度仕事をまとめたら退職願を出した。
理由はもちろん「一身上の都合」と書いたが、上司には別の業種で独立を考えていると言った。意外とすんなりと納得してくれ、私も引き継ぎはちゃんとやってから辞めるつもりだということも説明した。
そして仕事をきれいな形で辞め、なんと退職の時には送別会まで開いてもらってしまった。本当は八億円を手にしたから辞めるだけなのに、皆で割り勘してご馳走になった。
むしろ奢るべきは私の方なのだがと思いながらも、そんなことは誰にも言えない。本当は言いたくて仕方がなかったが、帰りに殺されてしまうリスクを考えて何とか我慢した。
しかし、奢ってもらえるのは金があっても嬉しいことだということに気づいた。もともと生活が苦しいというわけではなかったが、それでも数千円ご馳走してもらうと助かるし、単純にタダ飯はお得だと思ったものだが、奢る側の気持ちを考えると、例えコーヒー一杯であっても、その行為自体が嬉しいものなのだ。
そんなことを考えると少し同僚が恋しくも思えた。
まあ、そんなことを思えるのは今回想しているからであって、当時家に着いた時の開放感は凄まじかった。
生活やカード、税金の支払いを心配することもない。明日からは仕事に行くために起きなくてもいい。自分が許すのであれば一年間寝たきりでも構わないし、逆に世界一周だってできる。例えるなら夏休みの小学生だ。
いや、それ以上かもしれない。なんせ宿題すらないのだから。
通過儀礼
A子に仕事を辞めたと報告するのは、心配されるか軽蔑されるか分からなかったし、いつものようにランチに誘い、直接言うことにした。
本当は一流ホテルのディナーをスマートに香って、などと考えていたのだが、落ち着いて話せるようにいつも通りの小洒落た小さな店に行った。
よく「営業一筋何年」と話し上手なキャラクターが物語の中で登場することがあるが、実際数年やっても身につくのは世間話の巧さとはまた違うスキルだ。上手に宝くじのことを隠して仕事をやめたということを納得させるのは非常に難しかった。
結局私は、実は以前から株をやっていて「結構」儲かったから独立するために仕事を辞めたということにした。A子は具体的なことは聞いてこなかったし、私を信頼しているようではあった。
お互いに、相手のやることにあまり口を出さないタイプであったのも功を奏したのだと思う。
このように、親しい関係の人間には何かしらの形で言い訳をしなくてはならない。今思えば、全ての人間関係を捨てるという選択もなきにしもあらずであったが、そのような選択は26歳の私にはできなかった。
何にせよ、A子の問題は難なくクリアした。
それから暇になった平日は、一人でしばらくそのお金をどうすべきか皮算用に耽った。まず八億円を残り八十年生きると仮定して単純に割ると年間1000万は使えるということだ。
実際のところ今思えば、収入がなければ払わなければならないものもそれまでよりは少ないとしても保険や年金、税金などの支出はあるし、病気になれば想像以上の支出となってしまう場合もあるわけだが、そんなことに頭が回るほど冷静ではなかった。
それまでの生活は月の支出は15万円ほどだったと思う。使途不明金がかなりあるが、細かい外食や交際費、燃料費が高かったのではないだろうか。
それでも年間200万円も使っていないし、これまでの生活を続けるならかなりのお釣りが返ってくるということだ。
ただ、先が長いことを考えると長期的な贅沢をするのは賢明でないことは確かだった。
ただ、やはり家やうのは外せないし、そうすると節約するか、起業や投資をして多少得る必要があるかもしれないと考えたりもした。
また、むしろ、リスクには敏感になった。大学で経済学の講義をいくつかとっていたということもあり、多少の知識はあった。例えばインフレーションだ。今の八億円の価値が八十年後も同じとは限らない。
円という通貨が変わってしまう可能性すらある。それに、銀行が倒産しても保証されるのは1000万円までだ。そんなことになってはきっと正気ではいられない、また働くくらいなら残った1000万円をまたロト7に突っ込む自信はあった。
私は大学時代にアルバイト先からの要求で開いた銀行口座がいくつかあったため、ネットバンクから数億円を分散させて振り込んだ。地方銀行は少なめに、メガバンクには多めに入れることにした。
また、FXの口座も持っていたが、これは倒産しても全額が保証されるということを知っていたため、ネットバンクから地方銀行へ、それからネット証券の口座へ、とまるでマネーロンダリングのように金を動かした。
すると面白いことに数千万や億を超える金を動かすとあらゆる人の目に留まるらしい。早ければ振り込みの当日にも電話がかかってきて、投資信託やら不動産投資の案内が来る。
普段は鬱陶しい営業の電話も、この時ばかりは金持ちの仲間入りを果たしたような気持ちにしてくれた。ただ、不動産投資などを考える段階ではないことは明らかだった。
しかしまぁ、これほど監視されているのであれば銀行を使う以上脱税など到底無理だなと悟った。
他にもネットバンクから届いていた書類を眺めたりもした。有名な「その日から読む本」というやつを読んだり(仕事を辞めるなと書いてあったがもう辞めてしまった後だ)、税務署に脱税を疑われないように、宝くじ当選の証明書のようなものも届いた。
意外にもネットバンク側からの電話は一切なかった。
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