9/19 銀行融資の基本

第3章

銀行は何に融資するのか 審査の仕組みを徹底攻略

■一融資の構成要素と銀行から見たリスク判断

ここまで読んでいただいたことで、銀行が融資先の会社の決算書を、独自の視点から補正して判断しているという事実を把握していただけたと思います。この章では改めて、実際の銀行融資がどういう形で決められているのか、そもそも銀行融資とは何なのかということを一緒に考えてみましょう。

一般的に経営者がイメージする融資を受けるための重要なポイントとは、「会社が黒字か赤字か」「資産超過か債務超過か」という点にあるのではないでしょうか。実は融資にとってのもっとも重要なポイントはそこではなく、借りた資金を会社が「何に使うか」という点にあるのです。

融資の相談を受けた銀行員は、「資金の使い道である資使使途」「希望す融資金額の大きさ」「借入期間」「金利」「保証の有無」「担保の有無」といった複数の点に注目しながら、あなたから聞き取った会社の情報と決算書の数字に大きなギャップが存在しないかどうかを確認します。より有利な条件でお金を借りるためには、このときの銀行の考え方を知っておくことがとても重要になってくるのです。

表にあるように、融資の金額は少ない方が、期間は短い方が、保証と担保は有ったほうが、銀行にとってのリスクが低く融資しやすい案件と判断されます。リスクが低いと判断した結果、金利が低くなります。逆に、リスクが高いと考えた企業の金利は高くなります。リスクを取ることができそうな企業には、大きな金額を長い期間で貸せるうえ、金利も安くすることができるという訳です。逆にリスクが高ければ高くなるほど、大きなお金を貸すことが難しい企業だと判断されてしまうのです。

保証人による保証がある融資はリスクが小さい(表のの部分)と判断されますが、現実には中小企業において「会社=社長」であることがほとんどです。そのため、社長が保証人であっても銀行にとってのリスク低減効果は十分とは言えません。こうした場合には、保証協会などの保証機関を利用することで、保証と担保でのリスク低減効果が発揮されます。

また、意外なところでは、一つの金融機関とだけしか融資取引をしていないことがデメリットとなって、借りることができなくなるリスクが生まれることもあります。例えば、ある会社が5,000万円の資金を借りたいと思ったとしましょう。この会社がA銀行だけとしか融資のやり取りをしていなかった場合、A銀行に「3,000万円しか貸せません」と言われてしまったら、とても困った状況になりますね。これまで取引のない別の新たな銀行への融資申込は、審査に時間がかかってしまいます。

しかし、AとBというふたつの銀行と取引をしていた場合はどうでしょう。Aが3,000万円までと言ったとしても、Bは5,000万円まで貸すと言うかもしれません。金額だけでなく金利などの条件面での競争が、金融機関間で起きてくる可能性も出てきます。複数の銀行と取引していなければ、こうした状況は起こり得ないのです。

会社の経営が傾いた場合、A銀行一行だけでは融資リスクを負担しきれない状況も想定されます。しかし、複数の銀行と付き合うことで、難局を乗り越えられる可能性が生まれるかもしれません。もちろん、取引銀行は多ければ多いほどよいなどという単純な話ではありませんが、一行だけに留めてしまうことにもデメリットがあるのだということを覚えておいてください。

経営が苦しい状況になってから新しい銀行との付き合いを始めることは、ハードルが高いと言わざるを得ません。企業の規模などによってケースバイケースではありますが、日頃の経営が安定している中で、付き合う銀行をあともう一件増やしてみようかと考えてみることをお勧めいたします。

ここで改めて、融資を受けるときに銀行の担当者が作成する稟議書の記載内容を確認してみましょう。

使い道:借入理由や借入申込に至った経緯と使い道の整合性

金額:使い道と照らし合わせた際の妥当性

期間:使い道との整合性

金利:商品規程や他の取引金融機関の適用金利状況

保証:保証人の有無と保証能力、保証機関の有無

担保:融資金額と担保物件評価額の差額がプラスかマイナスか(保証機関の有無)

銀行は「定量分析」「定性分析」という二種類の分析を会社に対して行っています。定量分析とは、決算書や試算表などの書類から読み取れる数字の分析を指します。定性分析とは、銀行員が会社とのコミュニケーションを通して把握した事業内容や強みなどといった、数字では表れないデータのことを指します。銀行の担当者は、企業の債務者区分という判定をスタート地点として、この2つの分析を踏まえたうえで融資のための稟議書を作成し、上司に相談しながら融資の実現を目指していくのです。

 

■改めて考えたい「融資」の基本とは

それでは次に、これまでさんざん使ってきた「融資」とはいったい何なのか、再度確認しておきましょう。

上の図の中に表現されるように、貸借対照表に記載されているのは、会社の資産と負債、純資産(出資やこれまでの利益の積み上げ)の状況です。これまでもお話してきましたが、貸借対照表とは会社の「状態」を表すものであり、いわば会社にとっての健康診断書のようなものです。

銀行は基本的に「貸借対照表に表れるもの」に融資しようと考えます。「あなたの会社にお金を貸すことで利益が増える『状態』を作るお伝いをしますから、利益という「結果』を出してくださいね!」というのが、銀行融資の基本的な考え方となります。

銀行から融資を受けるということは、時間を前借りするという言葉でも置き換えられます。今すぐは買うことができず、本来ならお金を貯めてからしか買えないはずの新しい設備を、銀行からお金を借りることで手に入れられた場合を考えてみてください。銀行は、取引先が融資によって新しい設備を得て、利益を更に上げる「状態」を作るための手伝いをしたことになります。こうして、融資で時間を前借りして得られた利益の中から、貸したお金を返してもらうことを目指しているのです。これこそが、銀行が考える融資のかたちなのです。

 

■知るほど得する、銀行融資の理由付けのホンネ

それでは、人材採用や人材育成、広告宣伝といった目的のための「費用」を「運転資金」として借りたい場合はどうなるのでしょうか。結論から言うと、これらの貸借対照表に載らないような名目で銀行融資を受けようとしても、一般的には非常に難しくなります。これらの費用は、貸借対照表ではなく損益計算書に載る数字だからです。

損益計算書に表れるのは事業の結果の積み重ねであり、会社にとっての家計簿のようなものです。1年分の「売上」と「費用」の差し引きが利益となって、「儲かったかどうか」が記載されています。そして、銀行は「融資をするのはあくまでも利益を上げる状態づくりのお手伝いであり、損益計算書に計上されるものは利益を生み出して、そこから払ってください」と考えています。

こうした理由から、例えば人材育成のために銀行からお金を借りることは難しく、借りられたとしてもその金額は小さくなります。多くの場合、損益計算書に計上される費用は、一度の支払額が貸借対照表に載るものよりも小さくなるため、「費用の支払い」を目的とした融資金額は、その使い道と照らし合わせた場合に少額となりがちだからです。

銀行融資でもっとも多い「返した分(くらい)を貸す」という融資で資

→お金の量が維持される

→「費用」にお金を使う

→結果(利益)を出す

→また同じくらいの融資を受ける

実質的には、こうした繰り返しの融資の利用で人材などの費用に対応することがよく行われています。

上の図をご覧ください。年間返済額とほぼ同じ金額を毎年借り続けることができれば、年間の返済分の資金を確保することになり、生み出した利益を返済に使わないで済みます。この状態を継続することで、お金の量を比較的安定させた形で利益を次の成長のための投資(人材採用・人材育成・研究開発など)にまわすことができるのです。とはいえ、利益で得たお金を使いすぎると純資産が積み上がらないので、あくまでご利用は計画的に行っていただく必要があるということも、どうか忘れないでください。

先ほど述べたように、銀行の融資とは、企業が成長していくための「時間の前借り」という性質を持っています。前借りだから返す必要があるのですが、この「返「済」は利益だけで行うものではありません。ここまで読み進めていただいたあなたなら気づいているかもしれませんが、「利益から返さなければならない部分」があるということは「利益から返さなくてよい部分」があるということです。正確には「利益から返しようがない部分」とも言えますが、これが「運転資金として必要な借入」なのです。

言い方を変えると、企業は利益を上げ続けていくために、お金を銀行から「借り続けなければならない」のです。返済の中には、利益から返す返済と、借りたお金で返す返済が存在します。「利益から返せるのか」と「返すために借りられるのか」という観点を組み合わせたうえで、銀行は融資するかどうかを判断します。「黒字なのか」「負債より資産の方が多いのか」といった、一般的に言われる観点だけで銀行がお金を貸すことは、実際にはほとんどないと思ってください。

これを読まれている方の中には、銀行の担当者から「他の銀行とのお付き合いは、最近どうですか?」と質問されたことがある方がいらっしゃるかと思います。この質問には、「競争相手の他銀行よりも多く貸せるように」という観点だけでなく、「他銀行は融資をし続けているのか」という観点も含まれています。つまり、銀行員は、他の銀行が融資に消極的になっていないか、自分の銀行だけがリスクを負っていることになっていないかということを探りながら、「この会社は返すために借りられるのか」を確認しているわけです。

また、会社の利益は毎年変動するものですが、「先にお金を払って後からお金が入ってくる」という事業の一般的なお金の流れ方が、短い期間に大きく変化することはほとんどありません。「物を仕入れて売る」「工事を請け負って完成させる」というサイクルをずっと回し続けていく中では、いっとき赤字になったり、黒字となっても利益が減ったり増えたりします。一時的に赤字となったから、もしくは一時的に利益が少なくなったからといって即座に銀行がお金を貸さなくなってしまえば、とたんに会社は事業のサイクルを回し続けることができなくなってしまいます。

つまり、事業を回し続けるために融資があるのです。銀行は事業が続けられるように、許容できるリスクの範囲でお金を貸し続けるのです。

銀行にとってもっとも重要な融資の理由付けは、「今後もお金を借り続けられる状態」を築ける会社のあり方、つまりは貸借対照表の中にこそ存在しています。銀行はまずここを見て会社の評価を定め、事業のサイクルを回し続けられるようにお金を貸すかどうかを判断しているのです。儲かっているかどうかよりも「そもそも今どんな状態か」「これまで儲かってきた跡があるか」という視点が先にあり、それが表れるのが貸借対照表となります。貸借対照表とは、銀行融資にとってそれほど重要なものなのです。

 

第4章

最強タッグを組め銀行とのコミュニケーションの重要性

■「運転資金」とは何なのか意識の大きなズレを知ろう

経営者の皆様には釈迦に説法かもしれませんが、ここで改めて「運転資金」という言葉について考えてみましょう。これらの言葉は、実は非常にあいまいでわかりにくいものです。ただし、銀行融資における「運転資金」には、明確な定義があります。

まずは経営者が考える「運転資金」という言葉の意味について考えてみましょう。

経営者は常に会社の資金、つまりは預金がどれだけあるかを気にしています。会社の資金が減る要因としては、例えば「売上代金回収と仕入代金支払いのタイ「ミングのズレ」が大きくなった、機械設備を導入した、上場株式を購入した、節税目的の保険を契約した、今期は赤字で推移しているなど、色々な状況が考えら

れます。事業を運営するために必要だと経営者が考えている、これらさまざまな要因の総合的な結果として預金が足りなくなったとき、経営者は融資を受けなければと考えます。会社を継続していくためにお金が必要となったからです。

一方で、ここまでこれを読んでくださっているあなたなら既にお分かりかと思いますが、銀行員の考え方はまったく違っています。 改めてこちらを見ていきましょう。

銀行員にとっての運転資金とは、図に見られるような、貸借対照表で出てくる「足りない!」の部分のことです。モノやサービスの売り買いのなかで売上代金を回収するまで、つまり支払と入金までの「収支のズレ」が大きくなったとき、これを埋めて事業を健全に回し続けるために必要な資金こそが「運転資金」なのだと考えます。会社が何か買った云々のお金を、銀行は運転資金とは考えません。運転資金として借りた借入が銀行の考える運転資金以外のことに使われると、最悪の場合には次回の融資が受けられなくなってしまうのです。

例えて言うなら、家計を一緒にするパートナー同士がいたとしましょう。片方がもう片方から食費として月に決まった額をもらってやりくりしていると考えてください。この人が、パートナーに言わずにいきなり食費以外の大きな買い物をしてしまったとします。「お金が足りなくなったから追加をちょうだい」と持ちかけると、相手は「使い道が約束と違う!他の買い物をするならまず先に話をしてよ!」と、怒ってしまうかもしれません。

食費を渡していた方は、まさかパートナーがそんなお金の使い方をするなんて考えもしなかったので、「食費から別の買い物をしてはいけない」という話をあえてしてはいませんでした。言われた方はどうでしょうか。「ダメとは言われていなかったし、それならそれで先に言ってよ!それなら前もって言ってから買い物をしたのに!」と思うでしょう。意思の疎通が上手くいっていなかったことから起きたトラブルが、パートナー同士の関係をギクシャクさせてしまう。これと良く似たことが、経営者と銀行員の間にも起きてしまうという話なのです。

企業の場合、運転資金としてお金を借りたのに、銀行との契約と違う使い方をしてしまうと、次に融資を受けることが非常に難しくなってしまいます。先ほどの例え話のように、あらかじめ銀行員が「契約とは違ったお金の使い方をしてはダメですよ」と話していなかったから起きてしまうことでもあるのですが、この経営者と銀行員の考えのギャップについて、あえて伝えてくる銀行員は少ないのです。銀行員にとっては当たり前のことなのですが、だからといって経営者にとっては当たり前ではありません。そのため、多くの場合、このギャップは放置されたままとなってしまいます。経営者の皆さんがこうした問題をなかなか意識しづらいのも、致し方ないことだと言えるでしょう。

こちらを読んでくださっているあなたには、改めてこの「運転資金」という言葉に対するギャップの問題をしっかりと頭に入れておいていただいた上で、銀行員とスムーズなコミュニケーションを取ることを意識していただきたいと思います。

 

■銀行員の事業内容への解像度をあなたの言葉で高めよう

銀行は、融資を希望する会社に決算書や他の資料の提出を依頼します。銀行員はそれを受け取って、ただ内容を見ているだけではありません。経営者が普段から数字とどれだけ向き合っているかを、インタビューで社長が話す内容と資料との差を観察することでチェックしているのです。

私が銀行で働いていた頃にも、税理士に領収書の束を丸投げして書類を作ってもらっているだけで、作成された書類が何を意味するかは分かっていないという経営者が多くおられました。このことは特に、貸借対照表への理解度として顕著に表れます。もう少し付け加えると、「いくら儲かったか」は確認しているのですが、「なぜ儲かったのか」「なぜ会社が今の状態になっているのか」といった、「なぜ」を言葉と数字で表現できる経営者は非常に少ないのです。

また、銀行員は経営者に提出してもらった融資に必要な書類の中身が、例えば半年前のものだったりすると、「経営者なのにそんな前から重要な数字をちゃんと見ていなかったのか?」という疑問を持ちます。インタビューの内容次第ではあるのですが、例えば、試算表であれば一般的には直近2ヶ月前の書類が出てきます。この場合、「この会社は数字をチェックしている」と思える、といった具合です。なぜなら、多くの企業が税理士から受領する試算表が2ヶ月前のものだからです。これは決算日から申告期限までの期間と同じです。

ここで皆さんに改めて強くお勧めしたいのは、「数字を味方につける」ということです。ここまでの章を読んだ後では今更なお話になるかもしれませんが、貸借対照表や損益計算書、そして試算表、資金繰り表受注明細、借入一覧表といった書類に、日頃から目を通す習慣を身につけるように意識してみてください。

こうした基本の書類を常に手元に置いておくことで会社の現状を把握し、経営者が自分の会社に対する解像度を上げていくことは、担当の銀行員とのコミュニケーションを円滑にして、会社の強みをしっかりと理解してもらえる状態に繋がります。融資を受けるために数字を味方に付けることは、非常に重要なポイントなのです。

次にあるA社の例を見てみましょう。業種は金属製品の加工および据付工事で、売上は1億円〜2億円。大企業と直接取引がある会社です。財務内容を見ると自己資本比率が高く、赤字の期はあるものの高収益体質。従業員数は6名でうち事務職1名。本社に隣接する工場に金属加工機(フライス盤等)が数台ありますが、すべてが見るからに古い、という状況です。

この会社の社長が担当の銀行員と会話している内容を、ちょっと覗いてみましょう。

 

御社はなぜ利益がそんなに 出るのですか?

なんでやろね笑

大手企業と長年取引されているのは 何か凄い技術があるからでしょう?

ウチにそんなすごい技術なんて無い よ。 丁寧にしてるくらいのもんや。

なるほど〜。 その品質が評価されて 長年の取引に繋がってるんですね!

そうかなぁ。 まぁしっかりした仕事 はさせてもらってるよ。

 

次に、社長との面談を終えた担当者が上司と会話している内容を覗いてみましょう。

 

A社の強み、分かったか?

はい!品質に対する取引先からの評価が高いとおっしゃってました!!

技術力が高いということか。

だから高品質なんだと思います。社長はすごい技術なんか無いって笑

技術力が高くないと大手企業とは付き合えないからだな笑

利益の高さは品質が裏付けになっているんですね!勉強になりました!

 

町工場の社長と銀行員、そして上司と部下のよくありがちな会話です。問題があるとしたらどこにあると思いますか。既にピンと来ている方も多いかと思いますが、注目すべき部分は社長の「なんでやろね笑」という何気ない一言に集約されます。

こんなささいな一言がなぜ注目されるのか、と思う方もいらっしゃるかもしれません。2つのことが考えられます。1つ目は、経営者が自分の会社の強みをよく分かっていないということ。2つ目は、銀行員が社長の発言を掘り下げていないということです。どちらにおいても、A社の強みを

銀行員が理解できていないという状況が読み取れます。

本来のA社の強みとは、銀行員が思っているような技術力の高さではありません。そもそも、この会社の仕事に高い技術は求められていないので、必要最低限の技術力で問題ないのです。A社の強みは、社員全員が図面の読み書きができ、取引先担当者と社員一人ひとりが技術的な打ち合わせをタイムリーにできる、機動力の高さにあります。同業他社は営業と設計が分かれているため、A社よりスピード感に大きく劣っているのです。

大企業である取引先内では、A社に対する発注金額は小さいものという扱いなので、取引先担当者は金額よりも利便性を重視しています。多少他社より値段が高いのだとしても、取引先はスピード感があると分かっていA社に仕事を発注することになるのです。また、A社は大半の工程において外注先を利用しているのですが、製造の最終工程については社員全員が自分で行えます。最終工程といっても高精度を求められる内容ではなく、ある程度経験を積んだ社員なら皆できるようになる程度の作業です。

しかし、上に挙げた銀行員と上司の会話からは、こうしたA社独自の強みを彼らがまったく理解できていないことが読み取れます。銀行員はどうしても「技術力が高い企業」といった、分かりやすく差別化のしやすい、文章に起こしやすい情報を欲しがる傾向があります。このA社の場合のように、上司に融資の申請書を書くときに書きやすい形に解釈して落とし込もうとするあまり、勝手に「大手と取引しているということは技術力があり、品質が高いに違いない」と思い込んで話を聞いてしまいがちですし、「技術力がなければ評価されないはず」という、門外漢ならではの固定観念を持ってしまうことも珍しくありません。

一方で社長の方も、会話の中で自分の会社の強みをきちんと言語化してと気軽に言ってしまう社長は、実は多くいらっしゃるのです。このケースでは、たしかに社長が言うように特別な技術は無く、他社でもできるというのが社長の考えであって、それは事実なのでしょう。しかし、この答えだけでは「なぜA社は安定して大手企業から受注を受けているのか」の正しい理由が銀行員に伝わらないのです。

銀行員は金融のプロではありますが、取引先の事業のひとつひとつについては素人同然です。むしろ普通に考えれば、経営者以上に事業のことを理解している人間など存在するわけがありません。しかし、銀行員は「何でも知っているはず」と思われがちな職業でもあります。そのため、経営者から事業に関する説明を受けたときに、「知らないので教えてください」「分からないので、もう少し砕いてお話ください」となかなか言えずにいる銀行員は、実は少なくないのです。

上の会話においてもご覧の通り、誰も嘘などついていないのですが、結局銀行員はA社についてきちんと突き詰めた情報を得られないまま、ふわっとした自分なりの感想を持ち帰って、それを書類上で膨らませてしまいました。結果として、銀行がA社の強みを正しく理解できていないというズレが生じてしまっています。普段はそれでもいいのかもしれませんが、A社の状況が悪化してお金を借りなければならないといった局面が生じると、この意識のズレを放置していたツケを払う羽目になることがあります。

銀行はA社の業績の悪化状況を、数字から把握できます。しかし、A社が融資を受ければこの先業績を立て直していけると考えるだけの根拠、この場合は「A社に今後も大手が仕事を依頼し続ける理由」を、正しく把握することはできません。A社の機動力の高さは景気の変動で簡単に崩れるようなものではなく、どんな状況でも重宝される圧倒的な強みなのですが、銀行がこれを理解していなければ融資の根拠として組み立てていくことができないのです。

担当者はA社の強みを技術力の高さだと思っていますから、同じような技術をもっと安い価格で提供したり、新しい機械を持っていたりするライバル企業には勝てないのではないかという指摘を銀行内で受けると、これを押し返すことができません。もし、A社の強みを正確に伝えていたならば、景気が悪くなって多少単価が下がることはあるかもしれないけれど、大企業から機動力を大いに買われているA社の仕事が無くなることはないはずだと自信をもって主張できて、その判断の積み重ねによって融資に繋げられたはずなのですが。

A社がそうであるように、企業独自の強みというものは、景気の移り変わりがあっても簡単には消えません。しかし、その価値は言葉で表現しにくい場合もあります。こうしたケースはけっして珍しくないのです。

もしも先の会話の中に、こんなセリフがあったらどうなるでしょうか。「技術は特に高くないけれど、ウチの社員は全員が図面を読み書きできるん「や」という社長の言葉や、「どうして新しい機械が無いのに大手の仕事を受け続けることができているのですか?」という銀行員の質問があったなら、銀行はA社の強みをもっとはっきり把握できていたはずなのです。

ある会社が経営難に陥ったとして、それでも融資ができるかどうか、または希望額での融資ができるかどうかのギリギリの判断をしなくてはならない場合、銀行が拠り所にするのは数字だけではありません。担当者が「書類の数字は一見芳しくなくても、こうした独自の強みを持っている会社であるから経営を続けられるようにお金を貸していくべきだ」と筋道の立った主張を行えたので、銀行内で融資の審査が降りたということは、私の銀行員時代にも実際にありました。

A社で言うところの「スピード感と機動力」のような、数字には表れてこない細やかな情報が銀行にあるかないか。社長から聞き取った情報が「たしかにそうだ」と納得できるかどうかという点が融資の判断で重要視されることは、実際さほど珍しくありません。担当の銀行員が数字に加えその企業の優れた定性要因を正確に掴んでいるかどうかが、まさしく融資のカギとなってくるのです。

銀行は膨大な企業の情報を持っています。融資の他にも各企業の本業に少しでも役に立つように、関係のある業種同士を引き合わせるという業務も存在します。もし、銀行が持つ企業情報と現実にズレがあると、それも上手くいかないということになってしまうのです。

経営者は普段から自分の会社の数字を把握し、数字に表れない強みをしっかりと言語化しておくことで、あなたの事業の素人である銀行員にもわかりやすく伝えられるように準備をしておくべきだと言えるでしょう。

会社の過去と未来への目線の違い目指す目標は同じ!

銀行員は、会社の過去から現在を中心に見ています。つまり決算書を分析し、これまでのお金の流れを確認しながら、過去から現在までの姿が会社の未来を映すと考えているのです。過去の数字は銀行員にとって蓄積された情報ですから、何よりもまずここを最初の手がかりと考えます。そのため、銀行員とのコミュニケーションにおいては、これまでの数字が非常に重要なポイントとなることが多いのです。

これに対して経営者は、これから会社が創る未来を見ています。過去から現在に起きたことを礎にして、未来へ向かってより高く飛び立とうとします。こうした未来の可能性を銀行員に伝えてお金を借りるためには、先にお話したように、会社の強みを経営者自身がしっかりと説明できる能力を身に着けたうえで、過去の実績を表す数字を使って、実現したい未来について「これなら確かにそうなるだろう」と銀行員を納得させる必要があるのです。

経営者からきちんとデータで裏付けされたプレゼンを受けた銀行員であれば、銀行内で上司を納得させられるだけの書類を書くことができます。結果として、会社が希望した融資を実現させてくれるのです。銀行員が重視する過去の数字に基づいたコミュニケーションを積み重ねていくことによって、経営者の思い描く未来が具体性を帯びてゆくのです。

やや綺麗ごとのように聞こえるかもしれませんが、銀行員は融資を成功させたいと考えていますし、経営者を信じたいと願っています。そのため、上司を納得させられるだけの書類を作れるように、経営者と銀行員はタッグを組んで力を合わせることが最善の策だと、長年の経験から私は確信しています。銀行が企業にお金を貸して成長を促し、企業が事業を回して利益を生み続けることで、持続的に成長していく手助けをするという融資の大きな目的のあり方は、企業と銀行が同じ方向を向いている証にほかなりません。それなら、お互いの得意分野から知恵を合わせ、ノウハウを融合させていかない理由など無いのではありませんか。

銀行員と経営者では立場が違います。さらには重視している部分も違うのです。それゆえに、一緒に目指す目的地の手前においては、社長にとって聞かれたくないようなことを銀行員が聞くことがあるかもしれませんし、もしかしたら腹が立つことを言うかもしれません。しかし、それはあくまで同じ目的に向かうためにやっていることです。見ているところや立場が違う者同士が分かり合うためには、努力が必要なのだと理解した上でコミュニケーションを取っていただければ、銀行員はまさに会社にとっての鬼に金棒となるのだということを、是非とも覚えておいてください。

繰り返しになりますが、銀行員は決して経営者の敵ではありません。むしろ経営者と二人三脚で融資を実現させ、あなたの会社を成長させていきたいと誰よりも強く望んでいるパートナーなのです。あなたの会社の強みや今の状況を銀行員に積極的に話してコミュニケーションを取り、理解を深め合うことは、会社にとって必ず大きなメリットを生み出すはずです。

 

おわりに

融資に関する初歩的な知識がないために、今なお多くの経営者が銀行の考え方との間に大きなギャップを感じています。銀行員との付き合いを難しそうだと思い、苦手に感じてしまう人も後をたちません。しかし、この本をここまで読んでくださったあなたには、私自身の経験からお話した「銀行員の考え方と手の内」のイロハの「イ」を、バッチリと把握していただけたのではないかと思います。ですから、今後は銀行に対して無用な不安を抱えることなく、会社が必要なお金をスムーズに借り続けられる状態を作っていただけるのではないでしょうか。いざというときに、大切な会社をご自身の手で守れるようになっていただけたなら、私にとってこれ以上に嬉しいことはありません。

こちらを読んでくださったあなたのご健勝と貴社ますますご発展を心から祈りつつ、銀行から融資を借り続けるためのヒントを記したこちらを、終わりとさせていただきたいと思います。

 

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