資金繰りの教科書
絶対にカネ詰まりを起こさない!資金繰りの教科書
序章
一「資金繰り改善」が企業を復活させるーフィナンシャル・インスティチュートの事業再生事例から一
資金繰りが厳しく倒産寸前の状態……
■税金滞納1,500万円・社会保険料滞納6,000万円からの復活
~年商8億円・運送業の事例~
※厳しい状況の会社という性質上、該当企業が特定できないように、企業名や経営者の 名前などは仮名としています。
年商8億円に対して1億5,000万円の当期赤字、1億7,000万円の債務超過。 長崎田村運輸は、重い債務超過を抱えていた。それもこれも、新規事業の失敗が大き
平成21年4月、長崎田村運輸の田村社長はフィナンシャル・インスティチュートに相談 してきた。フィナンシャル・インスティチュートで商材として販売している、事業再生 のためのマニュアルを購入し、それと同時に、相談を申し込んできた。
長崎田村運輸は創業45年の運送業。田村社長は先代である父親が亡くなった平成7年に社長に就任した。そこから事業拡大し、年商は伸びた。しかし、そこで手を出してしまったのが、中国からの建築材料の輸入業であった。
新規事業によりさらに売上は拡大したが、それにより大きな赤字となっては何の意味もない。2代目として先代社長を超えようという焦りがあったのだろうか。新規事業で大きな赤字が出て、大きく債務超過となってしまった。そんな状況で金融機関から借入することもできず、資金繰りが困難になってのフィナンシャル・インスティチュートへの相談であった。担当コンサルタントは中野となった。
金融機関からの借入は2億5,000万円であったが、さらにノンバンクなどからの借入も1億円程度あった。ノンバンクは金利が8~15%と高い。業績悪化により金融機関から借入ができなかったが、業歴45年の長崎田村運輸は、長崎では老舗の運送業であり、有名であった。そういう信用もあったのであろう。金融機関以外で、1億円程度も調達できたのである。しかしそれは、赤字が1億5,000万円出ている状況では、その補てんに回すしかなかった。
■素人が手を出してしまった
中小企業が厳しい状況に陥るきっかけの一つに、「新規事業での失敗」というものがある。
- 建設業が飲食業に手を出した。
- 部品卸業が人材派遣業に手を出した。
というように、全く畑違いの分野に進出する中小企業がある。そしてそれはたいてい、失敗している。また、ただ失敗するだけでなく、大きな赤字を出してしまう。
長崎田村運輸では、全く畑違いの、建築材料の中国からの輸入業を始めてしまい、大きな赤字を出してしまった。社長の弟である常務が、運送業の仲間であった別の会社からもちかけられ、この話を持ってきたのである。そして社長もその話に乗り、このビジネスに手を出したという経緯である。ではなぜそんなに赤字が出たのか。建築材料としてガラスなどを中国で作らせて、それを輸入してゼネコンに売った。その事業性、つまりそれがビジネスとして成立するか、中野は見てみることにした。
ちなみに中野は元経営者で、経営していた会社は倒産し、今はフィナンシャル・インスティチュートで事業再生コンサルタントとして活動しているが、彼の会社は建具製造業であったので、この分野の目利きができる。中野はその取引相手であるゼネコンの担当者に会って話を聞く中で、「ああ、もうこれは全然手を出すべきじゃない」と判断し、田村社長に、その事業から手を引かせた。素人が畑違いの新規事業に手を出すと、百戦錬磨のその業界の同業者たちにいいようにやられてしまう。
それに加え、中国からの輸入であるから、先払いの資金がどんどん必要になっていた。中国は、お金を先に出さないと、物を出してくれないことが多い。そこで先行投資がどんどん必要になっていった。物が遅れてしまったら、建築の現場の方が遅れてしまうので、金融機関から新規融資が受けられない状況で高金利の無理な資金調達をするなどして、相当無理な資金繰りをしてしまっていた。建築材料輸入の事業で、一時期、社員は全部で100名ぐらいまで膨れ上がっていた。なお中野が入る前からその事業の縮小を同社独自で行い、社員を50名まで減らしていた。
またその事業のための営業所も、一時期は4ヶ所持っていたが数を減らした。
その事業での売上は3億円となっていた。本業である運送業に加え、その新事業の売上がまるまる乗っかり、売上は増えた。
それでも赤字となった。売上を上げた意味が全くなかった。そこに気づくのが遅れてしまったのだ。事業が複数ある会社の場合、部門別会計といって、部門別に損益を計算し、どの事業で稼いでどの事業が足を引っ張っているのかを分かるようにする必要がある。
しかし、長崎田村運輸は部門別会計を行っていなかった。そのため、新規事業が足を引っ張っているのに、気づくのが遅れた。ただ、建築工事の現場ごとの原価表を作っていたので、うすうすは気づいていた。そこで、中野が入る前に、ある程度、その事業の縮小は行っていたのだ。しかし、資金繰りが回らず、とても厳しい状況であった。
建築材料はゼネコンに納入し、ゼネコンで工事を行うのであるが、建築材料の瑕疵があるごとにいろいろつつかれて、請求金額を下げられていた。そこはゼネコンの方がプロである。そういうことが積み重なって、この事業は大きな赤字を出してしまった。
なぜ新規事業は失敗しがちなのか
ここで、一般的になぜ新規事業は失敗しがちなのか、考えてみる。そもそもなぜ新規事業に手を出すのか。次の理由が考えられる。
- 本業がうまくいかず、新規事業で挽回したい。
- 本業はうまくいっているが新規事業により新しい売上の柱を作りたい。
まず、本業がうまくいっているかいっていないかで考える。本業がうまくいっていないのであれば、その本業を立て直すのが先である。新規事業に手を出してしまえば、経営者はその新規事業に自分のエネルギーをとられ、本業の立て直しがおろそかになってしまいがちである。そうなると、本業でもっと赤字が出てしまうことになりかねない。
また新規事業を全面的に、ある社員に任せるにしても、よほど優秀な社員でないかぎり、その新規事業を軌道に乗せるのは難しいのではないだろうか。ましてや中小企業である。新規事業を軌道に乗せられるような優秀な社員はなかなかいないものである。新規事業は経営者がリーダーシップをとらなければ、軌道に乗りにくいものである。こういう理由で、本業がうまくいっていない会社が新規事業に手を出しても、なかなかうまくいかない。そういう会社は、まず本業を立て直すのが先である。
次に、本業はうまくいっているが、新規事業により新たな売上の柱を作りたい企業。こういった企業の場合は、本業がうまくいっていない企業よりは、うまくいく可能性が高い。本業がうまくいっているということは、その企業自体にビジネスで利益を上げるようにする力があるということである。そこができれば、新規事業もうまくいきやすいのである。
しかし時々、大やけどをしてしまう企業がある。一気に会社を成長させようと、分不相応な投資をしてしまう企業である。大やけどをしてしまえば、会社自体の存続にも影響が出る。
新規事業は本業から派生した事業、関連性の高い事業で行う方が成功の可能性は高いし、必ず部門別会計を行い、新規事業での利益をたえず注視しておくべきである。
そして何年何月までにこれだけの売上・利益が出なかったら撤退する、という損切りラインも決めておきたい。新規事業の失敗で本業にまで影響が出てはいけない。しかし新規事業を行っていかなければ会社が成長しにくいのも確かである。バランスを保ちながら、新規事業に取り組んでいきたいものである。
■社会保険、税金……
中野がコンサルタントに入って、長崎田村運輸の財務状況を精査してみると、多くの未払いがあることが分かった。まず社会保険料の滞納が6,000万円あった。次に税金の滞納が1,500万円あった。税金は消費税と源泉所得税の滞納であった。赤字会社であれば法人税はかからないため、消費税や源泉所得税の滞納が多くなる。
しかしそれらの税金は、そもそも預り金である。消費税であれば売上先から預かって税金を納める。源泉所得税であれば社員の給与から天引きして税金を納める。このような預り金は、法人税のような税金と違って、その企業自身が負担するものではなく、ただ預かるだけのものである。そういう預り金である税金に対して、税務署は厳しい。しかも納税は、国民の義務である。しっかり払うことが当たり前である。しかしそのお金がない……。
中野が入ってまず行ったのは、金融機関の融資のリスケジュールである。社長は、金融機関にはいい顔をしたくて、最初に金融機関に返さなくちゃダメだ、という考え方をしていた。時は平成21年4月。まだ中小企業金融円滑化法が始まる前であった。経営改善計画書を作り、社長が金融機関を訪問しリスケジュール交渉を行う。それに中野は付き添った。
同社が融資を受けていた金融機関は2つ。H信用金庫をメイン銀行とし、他にI銀行であった。2つの金融機関に対し、融資総額は2億5,000万円で、毎月250万円程度の返済があったが、交渉によってその返済を0円としてもらった。
しかし問題は、社会保険と税金である。中野が入って3ヶ月ぐらい経った時、税金の管轄は長崎税務署から国税局に移管された。滞納が1,000万円以上になると国税局に移管される。国税局は、税務署より対応が厳しい。「払うのか、払わないのか」
田村社長がいくら状況を説明しても、そんな話はいっさい聞いてくれない。「払うのか、払わないのか、どっちなんだ。払わなければ、資産を全部差押えする」という姿勢である。滞納は1,500万円あるが、早く支払っておくにこしたことはない。結局、親せきから借りるなどして、1,000万円は用意することができ、まずこれを支払った。
社会保険料の滞納は6,000万円もあった。社会保険料の管轄は年金事務所であるが、同社はそれまで、さんざん、資産を差押えするなどと言われてきた。
当初1年ぐらいは、月3回ほど、田村社長は国税局や年金事務所に行き、状況報告と交渉を行った。そしてなんとか分割支払いに応じてもらえるようになった。
現在は、税金の滞納は解消、社会保険料の滞納は800万円まで減っている。ここまで滞納を減少させることができたのも、同社の利益が大きく向上したからである。
その経緯については後に記述するが、年金事務所に対しては、6,000万円の滞納を、はじめのうちは毎月100万円ずつ支払っていったが、現在は大きく利益を出すことができるようになり、大きなキャッシュフローがあるため、月300万円に滞納解消のペースを速めている。年金事務所と円滑に交渉を行うためには、ひんぱんに年金事務所の担当者と連絡を取り合い、「今はこういう状況ですよ。今月はこれだけお金が動くから、これだけ払いますよ」と伝える必要がある。平成23年9月期決算では当期利益を3,800万円、平成24年9月期決算では当期利益を4,000万円出すことができた。利益を大きく計上し、税金や社会保険の滞納の解消ペースを速められることほど理想的なことはない。また今までに計上した大きな繰越損失があるため、法人税等はかかってこない。繰越損失が最も膨らんだ時は1億7,000万円であり、それをここ4年間で1億円減らした。
今後の経営改善計画では、今後2年間で繰越損失をなくそうとしている。次の期は当期利益5,000万円を目標としている。また現在の年商は、4億円ちょっとである。平成20年9月期決算で年商8億円に対し当期赤字が1億5,000万円。そして平成24年9月期では年商4億円に対し当期黒字が4,000万円。企業にとり、どちらが幸せなのかは明らかである。
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