10/21 ④宝くじ8億当たった結果

引っ越し

一通りの簡単な豪遊をしてからは、古臭く狭いIKの部屋から引っ越そうと考えた。それまではさながら「金持ちマインドを手に入れる」という目的だったように思うが、次は「人生自体を変える」という目的を達成したかった。

「部屋選びはかなり慎重になった。確かに金があると思うと、「高ければどこでもいい」くらいの感覚になるが、私の金が増えることはないということは分かっていた。

もともとマネーリテラシーという感覚は持っていたし、例えばローンを組んでまで新築戸建てを買うということがいかに馬鹿げてるかということも知っていた。

簡単に説明しただけでも、将来の不確実性と、いくら低金利だとは言え数千万円に対する金利は非常に高額になること、新築とはいえ老朽化していくこと、夫婦の財産であれば離婚時に詰むということ、相続に関すること、当然維持費がかかるということ、など問題点は挙げればキリがない。

しかし、私の場合は別だ。ローンを組むわけではないし、むしろ賃貸であればインフレに対応できないということは分かっていた。

つまり将来の家賃がものすごく上がったとしても私の持っている現金は八億円から変わらない。一方不動産の価値は変わるため、インフレが起きれば高く売れる可能性だってあるわけだ。

もし私が実業家で資産家だったり投資家であれば、あらゆる方面から高級マンション購入の話が来ていたのかもしれないが、私はぽっと出の成金でしかなかったためスマホのアプリから新築や中古のマンションを探すしかなかった。

私の住んでいる地域はある程度栄えていたためか、中古でも築数年の状態良好な物件が多数あった。

あらゆる条件から、予算は一億円で築数年以内の中古マンションに決めることとなった。その条件だと広さは4LDKくらいのものが一般的で、LDKの大きさは50帖近い広さのものもあった。

いわゆるタワーマンションの上層階だ。窓も大きく、眺めが良さそうな物件ばかりだった。

立地も言わずと知れた地元の高級住宅街に近く、治安も良いし付近の小中学校も公立なのに金持ち感がでている外観だった。それだけ地方自治体が儲かっているのだろう。

ある程度目星をつけたら、不動産屋に内覧の依頼を出し、翌日には物件を見せてもらうこととなった。

案内してくれたのは私と変わらない年齢の若い男性だった。「営業部課長」と書かれた名刺をもらったが、その歳で課長を勤めているのは優秀なのだろう。しかし、とても変な感覚だったのを覚えている。

きっと、同僚にいたら私は劣等感を感じるほど彼は優秀なのだろうし、給料も月数万円くらいは私よりもらっていて、ボーナスも10%くらい高いはずだ。

そんな彼は、一億円のマンションを現金で買おうとしている私を成功した実業家のような、一種の尊敬の眼差しで見てくるのだ。

私の一言一句に「お目が高い!」と褒めてくれるし、「重要な来客がいらっしゃった時は〜」などと、重要なビジネスシーンにも使える部屋を紹介してくれた。

私が、「職業」の欄には「無職」ではなくもちろん「その他」を選んだのは言うまでもない。

A子とは結婚を意識していたため、いつか宝くじのことがバレるのは仕方がないと諦め、同棲することを前提に内見についてきてもらった日もあった。

とはいえ、A子は職場に通いやすければいいくらいの希望しか言わず、高級マンションのコンシェルジュ付きのエントランスに驚き、セキュリティに驚き、自動で開閉するカーテンにすら驚いていた。

結局内見したマンションの中で、予算は数千万円オーバーしたし、築年も少し経っているものの、高層階に位置し、ジムもあり、屋内プールもあり、コンシェルジュもいて、食事を提供する住人用ラウンジまでついているマンションに決めた。

一億円を超える不動産取引の場合は慣例で、頭金として1割を現金で支払うそうだ。何のためなのか、どこでもそうなのかは知らないが、とにかくこの時は紙袋を三重にして、1300万円近くの現金を持って行ったのは恐ろしく緊張したものだ。

だが、新築であれば一億円などでは到底買えないマンションだ。住み心地は最高だった。前の家から運んだ荷物や家具を全て入れても、ほとんどのスペースが余ってしまう。

あっという間に引っ越しは終わり、先週の月曜日はごちゃごちゃとしたボロアパート、今週の月曜日にはがらんとした広すぎる最高級マンション暮らしだ。

私の人生は短期間で人知れず大変革を遂げた。この時の様子も当然、匿名のSNSに投稿した。フォロワーは順調に増え、数千人にのぼった。

私は50帖もある小さな体育館ほどのリビングの窓際に持ってきた布団を敷き、暗くなっていく空を見上げ一人で高笑いしていた。この世で一番幸

せだと言い切れる自信があった。プライベートのSNSを開けば、そこには昨日も今日も安い月給で何の余裕もなく働いている同級生たちがいた。何の努力もせずに得た金だが、どことなく勝ち誇ったような気分になってしまう。

このような感情をわざわざ公言する人はいない。逆恨みされて殺されるのがオチだ。

しかし、同じ労働時間でも年収数千万もらっているサラリーマン、年収何億ももらう、私の八億円すら端金だと言える社長たちも似たような感情を抱いたことはあるだろう。

少なくとも、今日も高みから見下ろして優越感は抱いているはずだ。

引っ越して始めにしたことはコンシェルジュの利用だ。もともとあった家具を粗大ゴミとして捨ててくれと頼んだら、業者が来て、勝手に捨ててくれるのだ。

金はかかるが、金がある限りは王様でいられる。生活レベルが下げられなくなるというが、本当にそうなる予感しかしなかった。これは今でも感じる危機感でもある。

家具まで無くなった部屋は本当に寂しいものだった。一刻も早く家具を買わなければならず、結局某チェーン店のオンラインショップで気に入ったものを大量に注文した。

届いてから気づくのだが、ソファなどはまだいいとしても、規格外のリビングに合うサイズのダイニングテーブルはよほど大きいものが必要らしい。

業者が来て家具を一通り運び終えたら、若干スペースが余り気味のリビングが出来上がったが、生活に最低限必要なものはできた。時間があるなら、インテリアコーディネーターに頼むような方法もあったらしいが、私は使ったことはない。

それから、ジム利用の登録も済ませ、暇つぶしに肉体改造に励んだ。日々の外食や不摂生は会社員時代から体脂肪を蓄積させてきたが、資金にも時間にも余裕があると健康的な食事や生活をするのは何ら難しくない。

野菜や肉も百貨店のスーパーで質の良いものを買うようにし、調理器具も買い揃え、馬鹿でかいアイランドキッチンで一人料理を楽しんだ。また、このキッチンは非常に優秀で、熱したフライパンですら直に置くことができる。

健康的な生活を始めるとみるみるうちに頭が冴え、思考がクリアになった。時間に縛られることもないし、運動と食事を整えるだけで毎日生き生きとしていた。

逆にそれまで、不摂生中心の生活がいかに脳の働きを悪くするのかと思い出すと今でもゾッとする。体脂肪も25%ほどあったほっちゃり体型であったが、一気に16%くらいまで落とすことができ、筋肉量もかなり増えた。

小金持ちの多くが健康的な体型を保っているのは家にジムもあるし食事も健康的だからなのかもしれない。

家具が揃ったらA子を家に招くことも増えた。職場も近いため泊まることが増え、半同棲のような生活が始まった。しかし、結婚というのは遠のいたような気がしていた。

その時は自分の時間を楽しみたかったし、離婚したら慰謝料でいくら取られるのだろうという心配まであった。まぁこれは、後で調べたところ結婚前の資産については無関係だったようだが。

ちなみにここでの残金は家を買ったことで当然七億を切り、六億円台に突入している。とはいえ、100年生きても年600万円は使える。まだまだ大丈夫だ。

 

車を買う

消費自慢にも飽き飽きしている頃だと思うが、当選直後の半年で、最後に買ったのは車だ。なんせ、地下の広い駐車場にはベンツやロールス、フェラーリと並んでいるのに、十年近く前の5人乗り小型乗用車がポツンと一台あるのは非常に格好悪い。

その時はすでにタクシーしか乗らなかったが、車は好きな方だったので憧れていたベンツを買うことにした。

まさに衝動買いで、朝目が覚めて、「車が欲しい!」と思ったその足でボロの車に乗り、近所のメルセデスベンツのディーラーに向かった。

いくらボロの車に乗っているとはいえ、ちゃんと従業員は出迎えてくれる。誰が金を持っているかなんてわからないのだ。

特にベンツくらいは貧しくてもローンを組んで買う人もいる。その類のカモだと思われたのかもしれない。

話を聞いていると新車は当時でも半年は待たなければならないそうだ。表に並んでいるのはどうかと聞くと、認定中古車というやつで、走行距離が短かったり、試乗車として使われていた物が売られているそうだ。

まだナンバーをつけていない新古車のようなものもあり、特にオプションへのこだわりもなかったため、中古車で気に入ったものを即決した。あまり車に乗る機会もなかったし、Cクラスという、それほど高価ではないもの(300万円程度。時計の方が高い)を選んだが、初めてのベンツに、服や時計を買う以上の興奮を覚えた。

購入が決まるともはや見慣れたような応接室に通される。銀行でも投資信託の営業で通されることがあるし、時計を買うにしても、不動産にしても、服飾店にしても、高級店にはゆっくりと買い物できるサービスがついているのだ。

何度行っても王様のような気分が味わえるのは、やはりこまめに足を運んでもらいたいからなんだろう。

その場で購入を決め、カード一括払いで支払った。一年前なら考えられないことだ。

憧れのベンツの乗り心地はとても快適だった。時速60kmで走っているのに車内は静かで、浮いているようだと思ったのを覚えている。あとは自動で縦列駐車をしてくれたり、自動ブレーキがあったりと、その当時でも最新の技術が使われていた。

それに前の車の時とは周囲の車の反応が全く違う。以前も車間が近いなとか、よくクラクションを鳴らされるなとかそんなことは感じることはなかった。

そもそも運転は安全運転をする方だし、トラブルは少なかった。しかし、ベンツの威力は想像以上だった。ウインカーを出せば斜め後ろの車は減速するし、後ろの車も必要以上に車間を開けてくれる。

自分が、前の車がベンツだから運転を変えるというのを意識したことはなかったが、確かに前の車が高そうだと思えば車間を詰めるということはない。

逆にボロボロの軽自動車なら無意識に車間が近くなってしまうこともあるだろう。とにかく、ベンツに乗るということは快適な経験だったし、ここでも結局金がものをいう世界だったというのは変わらなかった。

 

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました