3⃣転機
結婚
結婚は私にとってもハードルが高かったが、A子にとっても同様だった。私としては離婚時の財産分与が主な問題点だった。
天地がひっくり返っても金を持っていかれるわけにはいかない。A子にとっては、私の財務状況がやはり問題だった。
私は完璧なシチュエーションを用意した。確かに週三日は高級料理店で外食をしていたが、その時は都心まで出向き、誰もが憧れるレストランの席を取り、指輪の購入など下準備までしていた。
東京旅行の末に、レストランでプロポーズ。まさに垂涎もののプロポーズだと自負していた。しかし、A子は想像していたよりも楽観的には考えていなかったようだ。
A子の答えは「保留」だった。私は落胆どころか怒りすら感じた。
今思えば、偶然手に入れただけの大金を持っている、何の取り柄もない男だったのだが、当時の私は「俺の高級マンションに住んで美味い飯まで食って保留だと」と怒りに近い衝撃を受けた。
それまでの約二年間は、本当になんでも金で買えたし、どこに行っても思い通りになった。今思えば、車のディーラーでも、飲食店でも、普通は言えないであろうわがままを言うようになっていたが、一流の店はどこでも思い通りの対応をしてくれた。
その時の私は何を言ったか覚えていないが、とにかくその場にいるのが惨めな気持ちになりテーブルに10万円ほどを置いて店を出た記憶がある。まだ28歳のことだ。
とは言え、A子を置いてホテルに帰るようなこともできなかった。当時の私にとって唯一の友人と呼べる人であったし、A子にとって金持ちの私を失う以上に私にとってA子を失うことが辛いように感じられた。
結局情けなくも店の前でA子を待ち、お互い無言でタクシーに乗り、ホテルの部屋に向かった。
ホテルの部屋では逃げようもなく、私も人前でプロポーズを保留されたことがあまりにも恥ずかしかったというのもあり、部屋に戻った頃には冷静になっていた。
気まずい雰囲気の中、やたらと見慣れた室内の備品が目に付く。これらの備品は私が会社員時代に売っていたものと同じものだ。会社を辞めてから二年経つが、ほとんどのものの名前や価格をまだ覚えている。
いくら金を手に入れたからと言っても、実力ではなく、本当はこの備品たちを売る営業マン程度の能力しかないのだ。
何の野心もなく、なんの挑戦もせず、ただ「一発当てた男」であることに思い上がっている自分を客観的に見てしまう。結局のところ金持ちの仮面を被っているだけなのだということを認識させられた。
A子とその日は夜通し話をした。あまりにも長くとりとめのない話をしたが、そこで宝くじに当たったということを初めて打ち明けた。
A子は特に驚くこともなかったし、感づいてはいたのだろう。それでも、自分にお金を使ってくれるのは嬉しかったらしい。
しかし、A子は結婚するならお互いに両親に紹介しなければならないと思っているようだった。彼女の言うことは一理あった。例えば子育てや出産で困ったことがあれば親を頼るだろうというのが彼女の考えだった。
確かに女性にとっては死活問題だ。A子は言わなかったが、もしシングルマザーになった時父親の顔も知らなければ親子関係にひびが入ってしまうかもしれない。それから、お金に関しても全て話した。
当選した金額は八億円であることや、すでに五億円台に突入していることを話した。使った金のほとんどは家と車だったが、家電や飲食代を支払ったカードを振り返れば毎月数百万円も使っていたようだ。
年間いくらなどと考えていたが、その金額を毎月使っていれば底を尽きるのも時間の問題だった。「来月から貯金しよう」と考えるのは人間の常だが、私も結局のところ運が良いだけの一般人だ。
ストイックさなど微塵も持ち合わせていなかったため、同じ「来月から」症候群にかかっていた。
A子がいたのは私にとって助けになったと思う。宝くじのことを話したおかげで、無用な見栄を張る必要もなくなったし、具体的な相談事も出来るようになった。
結婚はとりあえず保留になったが、私には新たな目標もできた。それはやはり仕事をして、八億円をあわよくば増やし続けるということだった。
起業
「宝くじ当選者が行きつきやすいのは飲食店の開業だと思う。金のある投資家や医者なども飲食店や美容院を持っていることが多い。会計上の仕組みを工夫すれば節税にもなるらしいが私は本業も何もなかったため、節税とは無縁だったが。
飲食店の廃業率の高さは知っていた。一説によると三年後には10%しか生き残ることができないらしい。
だが、一応頭の良さには自信がある方だし、舌も無駄に肥えているわけではない。学生時代には飲食店の厨房で中華鍋を振っていたこともある。
恐らく、90%の失敗率というのは誇張し過ぎているというのが一因ではないかと思っていた。それから、飲食業うのは参入しやすいし、美容院などと同様に「夢の仕事」である場合。
つまりラーメン屋がしたいという人間は、周囲に有名ラーメン屋ばかりの激戦区であってもラーメン屋の開業をためらわない。あるいは、ナント料が安いからと言って主婦層ばかりが訪れる場所にラーメン屋をしたりもする。
夢の押し売りでは商売は成り立たないことは言うまでもないが、予想以上にそういった参入の仕方を選ぶ人は多い。
偉そうに分析したが、私も飲食業以外で何かできるスキルは持ち合わせていなかった。
ホテルの備品を卸すというニッチな分野では個人の独立は難しいし、人脈もない為、会社員時代の経験を活かすことが出来ない。実際夢のラーメン屋を馬鹿にできる立場でもなかっただろう。
しかし、私にはまだ六億円弱の資本があった。結局のところ開業についても金がものをいう。開業のために金を借りたり、開業費用をケチって厨房を小さくしたり、宣伝や内装工事の手を抜いたりしただけで生存率は低くなるのではないだろうか。
借金をしない以上、もし儲からなくてもテナント料や人件費が払えれば問題はない。
それに、ちょうど暇していたところだった。開業にあたって、A子には仕事を辞めて飲食店を手伝ってもらうように頼んだところ快諾してくれた。
彼女は本当に賢明な女性だ。金があっても結婚にのめり込むわけではなく、建設的な思考をすることができた。私一人ではどうなっていたかわからない。
彼女は事務員をしていて、会計や簿記などの基本知識はあった。同じ大学の出だし、ある程度の能力は期待出来た。言うまでもないが、彼女は会員時代の給料をほとんど使うことがなかった。
私が全て支払ってきたし、家賃もかからなかった。そのため、開業にあたって、私が約4500万円、彼女が500万円出資することで決まった。
私はそれほど株式や経営などについて詳しいわけではない。ただ、その飲食業の10%は彼女のものだということだ。飲食業の中でも営業時間は長いほうがいいと思い、カフェレストランのような業態での営業を決めた。
まだ立案の段階だ。事業計画書を何度も書き、加筆修正を行い、二人でまるでビジネスパートナーであるかのように何度も会議を行った。
八億円を手に入れて一番楽しかったのは、確かに豪遊して味わった興奮だった。あれは忘れられないし、新しい体験という意味でも生まれ変わったような瞬間だった。
一方、開業に際しての会議もまた違った意味での新しい体験であり、これは二番目に楽しかったことではないだろうか。飲食店の開業レベルであれば、金は無限にあるも同然だ。全額使うわけにはい
ないし、利益を生むためにはある程度の節度を持つことも必要だった。テナントもどこでもいいというわけにはいかない。テナント料も当然重要だが、それ以上に重要なのは立地だ。
見るたびに新しい飲食店が入っているがすぐにつぶれてしまうような場所ではだめだし、一本裏の路地に入るなら上手く宣伝しなければならない。
しかしマーケティングの知識とは二人とも無縁だった。
色々と足りないことはあったが、お互い学生時代飲食店でアルバイトを長年していた経験があったことが幸いし、事業計画の段階ではそれほどつまづくことはなかった。問題はテナント探しだった。
すでに億を超えるマンションを購入して、一生そこに住み続ける予定だったが、それではマンション周辺、せめて同一県内での開業を迫られる。
しかし、その周辺は老舗からチェーン店まで立ち並ぶ国道沿いで、規模が大き過ぎるということもあり、数千万円程度の予算では開業できそうになかった。
テナントを掲載しているホームページをネットで調べ、結局ある程度の広さを保って、周辺の人口も多いが、激戦区ではない中心部からやや離れた市内に第一号店を出店することとなったのだ。
ここなら家賃も高くはないし、一定の需要を見込めるはずだと思った。
幸運にも、計画段階の席数は100席程度を想定していたが、カウンター席も作ることで予算内でそれをやや上回る105席程度を確保することができた。テナント料も申し分ない安さだ。
そしてさらに幸運なことに保証人には、彼女の父親がなってくれた。彼女自身も出資者であり、ビジネスオーナーとなるわけだから、頼むのも難しくはなかった。この時初めて顔を合わせることになったが、宝くじのことは上手く隠すこともできた。
それからもしばらくは忙しい日々が続いた。飲食店開業には何かと手続きが必要で、消防などの申請は全て業者に任せた。それでも内装工事に際して直接見たいというのもあったし、細かい指示も出したかった。
店内の家具類から厨房機器まで業務用品を扱う通販をメインに買いそろえた。一生かかっても使い切れないほどの椅子とテーブルの数だった。
インターネットで開業に必要なことは調べたが、実際にやってみると準備し忘れるものや作り忘れるものはあるし、メニューの写真を撮ったり、大規模な求人広告を出したり、食材の仕入先や食器類の購入先を決めなければならないし、この辺を大体任せてしまえるフランチャイズという選択肢も悪くはなかったかもしれないと思ったこともあった。
それでも大抵充分な金があれば大きな問題は起きない。なるべく安くとは言え、予算の都合上どうしても諦めなければならないということもない。
そして、思っていたよりも若干早く、完全に計画通りの飲食店をオープンする準備ができた。
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