10/27 ⑦宝くじ8億当たった結果

4⃣调落

詐欺

A子の持つネイルサロンも小さな店を雑居ビルに数店舗抱えるまでになっていたが、それでも収入のほとんどは飲食店の報酬だ。詳しくは知らないが、ネイルサロンの開業は手軽にできる一方あまり儲からないらしい。かなり熱心にやってはいたが、落ち着いていて頭の良いA子の金銭感覚もおかしくなっていた。

この時、もう少しA子の気持ちを理解できていればよかったのかもしれないと思うが後の祭りだ。

確かに、ただの事務員をやっていたA子が500万円を出資しただけで10倍もの規模のビジネスを、借金もなしに経営することになったのだ。経済学で言う規模の経済というやつで、大きなビジネスほど利益は大きくなる。

その上、90%以上を出資する私が経営者としての仕事をほとんど行っており、A子は半年程度現場仕事をやったに過ぎない。彼女の視点から見ても、突然大金が転がり込んで来たような幸運だったのだが、これは自覚しにくかったのではないだろうか。

少なくとも自分の立案した事業計画で成功したわけだし、それである程度の大金を得ることが出来たのだ。また、報酬も私の10%というわけにもいかなかった。配当ではないから出資金に応じた分配というより、経営者としての貢献度に応じるようなイメージだ。

ほとんど折半だったと言ってもいいだろう。そのため、A子が出資金を回収したのはあっという間のことだった。

A子が実際に何を考えていたのかは知る由もない。ただ、そのペースで稼いでしまった以上、自分に経営者としてのセンスがあると思ったのかもしれない。

B子に店長を任せるようになってから時間が出来てすぐにネイルサロンや他の美容系の小さな店を開業したのだ。しかし、それらのオーナーとして入ってくる収入はそれほど多くなかったのではないか。

何度かA子が電話でネイルサロンの従業員を叱るのを聞いたことがあるし、見るからに機嫌が悪い時も増えた。本当は黒字経営であるだけでも喜ぶべきなのだが、A子の感覚は私が気づかないうちに狂ってしまっていたのだ。

人の金銭感覚が狂う基準は分からない。彼女は実際に、私が「株で儲けた」と言っても変わらなかったし、ブランド物の服を買ったり高いホテルや食事に行っても、自分から買ってほしいということはなかった。

これは宝くじで八億円を手にしたという事実を知ってからも変わらずに、開際は自分の貯金の全額とも言えそうな金額を出資したのだ。それに、毎年100万円は貯金をしていたということでもあり、かなり節制していたこととが伺える。

億を超えるマンションで同棲していてもその感覚が狂うことはなかったのだ。それでも、経営者として仕事をするようになって、自分の能力と資金の大きさや運の良さを最終的には混同してしまうことになってしまった。

さて、きっと題名にある通り「詐欺」にあうのを楽しみにしているだろうからそろそろ本題に移ろうと思う。

二号店を開業してからもSNSでの宣伝は続けた。時間には余裕があったため、時々食べたものや買った時計、行った場所などを投稿しつつも、店の宣伝をメインに投稿していた。

成金のような投稿は目を引くためで、これはフォロワーを増やすのに大いに役立った。フォロワーが増えるほど「SNSを見た」という客は増加し、広告効果もあったと思う。

そんな時にDMというメッセージ機能を使って、私と同じような成金投稿をしているDという人物から連絡がきた。オフ会をするから来てくれないかという誘いだった。

Dは私の何倍ものフォロワーがいて、よくそのようなオフ会を開催している人物だった。顔は出していなかったが、彼の友人らしきユーザーで顔を出している人もおり、例えば、反社会的勢力のような危険人物ではないと判断した。

ここで「金持ち仲間」を作っておけば商売の話が来るかもしれないし、フォロワーの増加にも寄与するかもしれない。会うことのデメリットはほとんどなかったため、私はそのオフ会に参加することとした。

場所は都心部にある彼の自宅のうちの一つのマンション内で行われた。新幹線で東京へ向かうと、わざわざDが車で迎えに来てくれた。

私とは格が違う金持ちのようで、運転手付きのロールスロイスに乗っていた。確かに、運転手を雇おうと思えば私にも雇えるが、そうする必要があるほどの事業を持っていない。個人の移動にはタクシーで事足りてしまうからだ。

つまり、重要な会話をする機会があったり、要人を出迎える必要があったりするのだということだ。上には上がいると言うが、まさにその通りだ。車の中では簡単に自己紹介したり、すでに彼の家にはたくさんのゲストが来ているとかそんな会話をして少し緊張した記憶がある。

マンションに到着したが、Dですら高層マンションの最上階に住んでいるわけではなかった。都心の高層マンションのペントハウスに住むのは一体どのような人なんだろうと未だに考える。労働者にとっての私は確かに金持ちだが、私にとっての金持ちはDだ。

そして、Dにとってはペントハウスの住人が金持ちだというわけだ。

部屋に入ると、すでにオフ会が開かれていた。Dは一つの集団に私を紹介したあとその場を離れた。部屋には、私は知らなかったが芸能人やYouTuberだという人もいた。

彼らは同じマンションに住んでいるらしかった。それ以外はどの人物も何らかの企業の経営者か投資家だと名刺を交換して分かった。彼らはオフ会などと言っていたがホームパーティと呼ぶに相応しい交流会だった。

やはり50帖はあるリビングのいたるところに酒のボトルやつまみが用意されていて、20人くらいはいたように思う。

いくっかの集団に分かれて会話を楽しんでおり、ソファを陣取っている人や、立食パーティーのように振舞っている人、驚くことにテレビでゲームをしてくつろいでいる人もいた。ここに来る目的は各個人で違うらしいが、年齢はせいぜい30代から40代で、私より若い人は女性以外ではいないように見えた。

私が紹介された集団は5人ほどいたと思う。特に優しそうな30代くらいの投資家Eと話をすることになった。彼は初めて来た客の私にも親切にしてくれ、他のゲストがどのような人なのか細かく教えてくれた。

モデルや芸能人は直接見ると驚くほど綺麗だった。芸能界で活躍するにはまさに「タレント=才能」がいるのだと思った瞬間だった。

私はEと仕事について話した。宝くじについては伏せたが、自分も株で少し儲けたということや、今は飲食店を複数経営していることを話した。Eは投資家だが、個人投資家でもありながら小さなファンドを運営していると言っていた。

他の投資家から出資された金を増やしているらしい。当時は仮想通貨が話題になっているときで、取引所を作るとか次世代のビットコインを作るとか言っていたと思う。

その時は「すごいなあ」くらいにしか思っていなかったし、自分がいるのが場違いな気もしていて、二度と来ることも会うこともないと思っていた。

夜も遅くなるにつれて少しずつ人が減っていった。モデルを連れて外に出ていく男性もいたし、ゲームをしていた人のうちの一人はソファでそのまま眠ってしまっていた。しばらく姿を消していたDも家に戻ってきて、パーティーはお開きとなった。

私は適当なホテルでも予約するつもりだったが、Dの家に泊めてくれることになった。Eも都心から離れたところに住んでいるらしく、家には私と、DとEの三人だけが残ることになった。

静かになった部屋のソファで、Dの野望について話をしていた。正直なところ数年前までサラリーマンをしていたし、他の金持ちや経営者と何の交流も築いてこなかった私にはピンと来ない話であった。

しかし、私の資金も上手く使えばDくらいの金持ちにはなれるのかもしれないという野心も芽生えてきた。

DとEは私の飲食店のことを知っていたらしい。SNSでずっと宣伝していたのだからそれもそのはずだ。私はその場の雰囲気に任せて、全国チェーンにするとか、資金は沢山あるとかそんなことをのたまっていた。

それから、2人がどんな経緯で事業を始めたのかとか、どんな趣味を持っているとか、温泉地に持っている別荘に呼んでくれるとか、そんな話をした。

別世界の人種だと思ったが、その世界の人々と仲良くなれたのは運が良いと思ったし、実際にレアな体験だったと思う。

彼らとはSNSでも互いに繋がった。Eとは住んでいる地域も東京ほど遠くないことが分かって、後日投資の案件を紹介してくれると言ってくれた。

翌日家に帰ると、ホームパーティなど夢だったかのように感じられた。

日常に戻る喪失感もあったが、貰った名刺を見返して、金持ちの仲間になったのだと自分に言い聞かせた。

すぐにDとEにお礼の連絡を入れた。Dは忙しいのか返事が返って来ることはなかったが、Eとはまた数日後に会う約束をした。

私はその数日後も待ち遠しかった。私は月に百万円以上は稼ぎ、資産は5億ほどある富裕層だが、それ以上の世界を望むようになった。現状で満足していたはずなのだが、数十億の世界も見てみたいという欲も感じるようになった。

温泉が出る別荘を保有し、運転手付きの車を持ち、飛行機をレンタルして旅行に行くような生活だ。社長としての仕事すらほとんどなく、部下に任せているだけで年間億を超えるであろう収入が入ってくる。

以前ならそんなうまい話があるだろうかと思っていたが、金持ち達同士で金と事業を動かせば、それも難しくないということを知った。金持ち同士でしか、美味い情報は共有されないし、事業の約束もパーティで取り付けることができる。現代の「貴族」だといっても過言ではないのだ。

それに比べると私の目減りしていく資金でただ生きているだけというような生活は満足するに足りないもののように感じていた。

数日後私はEと会うためにまた新幹線に乗っていた。今度は東京ではなくEの本拠地となる場所だ。それほど久しぶりに会うわけでもないのだが、Eと会うのが待ち遠しかった。

本物の金持ちと会っているという感覚は、上手く言い表すのが難しいが、何とも心地の良いものだ。有力者の取り巻きはこんな感覚なのだろう。

ある個室の落ち着いた飲食店でEと待ち合わせをしていた。Eは先に着いていたようで、私が個室に入ると、立ち上がって力強く握手をしてくれた。営業マンを数年間やっていた時でも握手をする機会は稀だったので印象的だったのを覚えている。

私たちはしばらく、飲食業の話や、景気の話などの世間話をしたあと、本題に入った。

Eが話していた投資案件とは、新たな仮想通貨を発行するという話だった。今ではありふれた話で、投資詐欺の中でもメジャーなものだが、当時はちょうど「仮想通貨=億万長者になれるかも」という方程式が世間に広がっていた時期だった。

確かに怪しい話ではあるとは思いつつも、心のどこかでEを信用していたのだと思う。いや、信用というべきか、信頼と言うべきなのか分からない。

Eには不思議なカリスマ性があった。見た目はどちらかと言えば冴えない方なのだが、父親のような包容力を感じさせた。そんなEが他人に不利な話を持ち掛けることは、あまりにイメージとかけ離れていたのだ。

それから、Eは数多くの資料を見せてきた。銀行や保険の営業で見る資料より専門家で、図で分かりやすく示しているというよりは、ただ表とグラフ、文章には英語の文献と思われる出典と脚注などが並んだ論文に近い資料だった。

はっきり言ってEの説明なしにその資料を読んでも何について書かれているのかすら理解するのに時間がかかるだろう。

しかし、その難解さこそが「ファンドマネージャー」の肩書きを持つ専門家としてのEらしさを強調させた。ちなみに内容は不思議なほど覚えていないが、何にせよその仮想通貨(Eコインと呼ぶ)がいかに将来有望であるかということの根拠を並べていたようだった。

要は新しい機能を持った仮想通貨を発行するのに買っておけば、将来需要が高まった時には値上がりしていて高値で売れるという話だった。そして話は契約へ移った。一部英語で書かれていた規約は軽く読んだが、専門的な単語が一部分からずにEに聞いて説明を受けた。

取引所が海外にあるため、取引所関係のことは英語で書かれているとのことだ。

「ビットコインの開発者の総資産が何十兆円、何百兆円になったという話は聞いたことがある。つまり、その新しい仮想通貨の開発者に出資すれば何兆円も儲かるかもしれないし、さらに出資者が多いほどその可能性は高いとかそんな話だった。

また、Eはその仲介手数料を何パーセントか受け取ることも説明してくれた。確かに、うまい話にタダ乗りというわけにはいかないのは当然だ。それでも儲かったのなら手数料など誤差の範囲だ。

思い返しながら何度も思うのだが、冷静に考えれば危うい話だというのは分かるだろう。しかし実際に「貴族」の会合を見て、住む世界の違いを実感し、その貴族であるEが興奮して熱心に説明する姿を見れば誰でも信じ切ってしまうのではないかと思う。

その会食の時点で私はEコインが非常に将来有望な投資商品となることを信じ切っていた。今ではEコインが存在したかどうかすら怪しいものだが。そして、Eが言うには、私のために二億円の出資枠を押さえてくれているということだった。

私もバカではない。いくら私のために出資枠を取っておいてくれるとはいえ、その場で契約を交わすほど私にとって二億円は安くない。私は、一度その話を持ち帰ることにした。Eは期限を一週間とし、それまでに返事をするようにと頼まれた。

私は、帰ってから本業の合間を縫って、できる限り仮想通貨の新規発行について調べた。とは言え、一週間で読める本の量などたかが知れているし、専門的な知識も皆無だと言っていい。株やFXに関する知識もほとんど持ち合わせていなかった。

せいせい口座を持っていたり、大学の講義の一環でバーチャル取引をさせられたくらいだ。

結局、多くの情報をインターネットで調べることになった。ブロックチェーンという技術が革新的だとか、ビットコイン以外の仮想通貨もたくさん存在するということを知った。

そして、私の中では二つの疑念が葛藤を生んだ。

まず、儲かるかもしれないという単純な甘い考えだ。例えばビットコイン以外にも大きく値上がりしているイーサリアムやネムのような仮想通貨は確かに存在する。

どのコインが高騰するかなんて分からないのだ。また、今では名前を聞かないようなものも、当時は多数が大きく値上がりしていたのを覚えている。つまり、チャンスはどこにでも転がっているわけだ。

確かにいつまでも値上がりしないのであれば仕方がない。それでも私は運命を感じていたのだ。なんせ、宝くじで1等、1000万分の1を引き当てたのだから、ここでさらに儲かるというのもまさに運命的ではないか。

一方冷静な自分もいた。それがギャンブルであることには薄々気付いていたのだと思う。それまで会ったことのない金持ちを見て正しい判断が出来なくなるほど舞い上がっていること。そもそも私はEのことをよく知らないということ。

居酒屋で偶然隣に座った人の紹介する投資案件を鵜呑みにするようなものだ。Eが騙そうとしているかもしれないし、あるいはEが誠実であってもその投資が失敗するリスクは少なからず存在する。

もし、私がそれまでに八億円もの大金を手にするような偶然に遭遇していなければ自分の運の良さを過信することはなかったかもしれない。しかし、どうしても頭にちらついたのが「万が一は存在する」という考えだった。

そして、損をしても二億円だが、買わずに儲けそこなった時の金額は計り知れない。ただ上がっていくEコインを指をくわえて眺める羽目になるのだ。もしかしたら、機会損失は数百億円にも上るかもしれない。次のビットコインになる可能性も秘めているのだ。

まるで天使と悪魔が脳内で戦っているようだが、悪魔が圧倒的に強かったのは言うまでもない。次にEと会った時には契約書にサインし、ネットバンクから二日に分けて二億円を入金していた。

私たちはまるで宝くじを買った人のように「値上がりしたら何を買う?」という話をしていた。日本中に別荘を買っても使い切れない。島を買ってプライベートリゾートを建設することもできる。もちろん一生遊びつくすこともできる。実現はしなかったが。

その翌日、帰宅してからEと連絡が取れなくなったらどうしようかと思ったが、連絡するとすぐに返事が来た。もう取引所に反映されているそうだ。

仕組みはよく分からないのだが、その時はすでにEの発行するEコインを二億円分保有していた。しかし、評価額では二億円を少し上回っており、すでに若干値上がりしていることに喜んでいた。

金はおよそ二億、Eコインはおよそ二億、マンションが一億円ほどだ。

それからもしばらくはEコインは価格を変動させながらも価値を上昇させていた。また、一部の利益確定を行うこともできたし、その資金を出金する手続きをすれば、数日後には口座に振り込まれていた。

しかし、そのEコインは契約上再び買い戻すことはできないため、一度利益を確定してしまえばそれで終わりという仕組みだった。これは不正な価格操作を防ぐためだと言われている。

あまりしつこくEに連絡していても疑っていると思われるかもしれないし、それに、自分の本業である飲食店にも注力しなければならなかった。

投資したコインの値上がりを待つだけの時間はあまりにも退屈過ぎるのだ。それからしばらくはEコインのことは忘れていた。というより意識して考えないようにしていた。

正直なところ、もし価値がなくなったとしてもまだ二億あるし、稼げる実業もあるということに多少の安心感はあった。それよりも百億円以上になる宝くじを買ったという高揚した気分でいた。

 

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