10/28 ⑧宝くじ8億当たった結果

転落

それから数か月して、三号店出店の話がコンサルタントであるCに持ち出された。しかし私は、二号店をオープンして三号店というのは急すぎないかと反論したが、Cは三号店は市や県をまたいで別の地域に出すべきだと主張した。

確かに彼が言うことは一理あった。資金がある以上、どうせ拡大するなら早いほうがいいというのだ。それでも私の中では、周辺地域で展開して少し稼げる程度が理想だという考えと、自分のビジネスがどれだけ通用するのか、そして格上の金持ち集団に仲間入りできるのではないかという考えが混在していた。

ここでCは驚くべきことに、Cの所属するコンサルティング会社のさらに親会社による買収を提案してきたのだ。

その提示価格は一億円だった。私の出資額は4500万円程度だったため、今までの利益を合算すればかなり儲かった計算にはなる。それに、一億円の純利益を上げようと思えばまた何年もかかるだろう。

それまで繫盛を維持できればいいが、大手チェーンが近隣に出店しただけで客足は遠のくことは容易に想像がついたまた、Cの会社が近隣に飲食店を出店して圧力をかけてこないとも限らない。

私はそこで、全く安易な考えであるが、Eコインの含み益次第だと考えた。つまり、Eコインで儲かっていれば、飲食店を全国展開するような多忙な日々を送る必要はないし売ればいい。一方、Eコインが変動していなければ売らずに自力で成り上がることも考えた。

そして、Eコインを確認しようとしたが、取引所には繋がらなかった。始めは何かの不具合だろうかと思ったが、定期的にきていた保有資産確認のメールもしばらく届いていないことに気付いた。

急いでネット上やSNSで取引所やEコインの名前、果てはEの個人名や電話番号まで検索したが、そのような被害者は恐らく少数であるか、下手をすると私一人だけであるのか何も出てこなかった。

EやDに連絡を取ろうとしたが、Dからは相変わらず返事がなく、Eのメッセージアカウントは消えていた。

私は顔から血の気が引くのを感じた。胸から腹に向けて悪寒が走り、心臓が口から出そうなくらい気分が悪くなった。ちょうど宝くじが当たった時の興奮から喜びを全部差し引いたような気分だった。

二億円がEのアカウントと共にあっけなく消えてしまったのだ。それでも、どこかで怪しいとは分かっていたのだろう。まだ冷静さはあり、Eコインを購入したことの証明となるものを集め始めた。

まずは契約の写しは持っていたし、送金先の情報や、利益が振り込まれた先の口座情報。また、Eの名刺にはファンドの情報も載っていた。

それからどこに行くべきか頭を悩ませたが、まずは単純に電話をかけてみることにした。どうせ出るはずがないと思っていたのだが、なんとあっさりと、思いがけずE本人が電話に出たのだ。

私は何とか落ち着いてEコインの取引所がないということを説明した。もしかしたら、何かのエラーなのかもしれないと、淡い希望すら抱いた。しかし、Eは何事もなかったかのように「取引所は閉鎖したし、Eコインは無価値になった」と説明した。

私は意味が分からず、電話越しにEを罵った記憶がある。何と言ったかは覚えていないが。

しかし、Eの言い分は投資商品だからそういうこともあるということの一点張りだった。実際、筋は通っていると言ってよかった。私は反論の余地もなく電話を切った。

Eコインそのものが存在しなかったのか、単純に投資に失敗したのかは正確なことは今でも分からない。ただ少なくともEは手数料を懐に収めていたのは間違いないし、E自身はEコインに出資はしていなかったう。

Eのアカウントが消えていたのは同様の被害者からの連絡があったのではないだろうか。それでものうのうとファンドを運営していたのは、そもそも二億円など、彼にとってはした金に過ぎないからなのだろうか。

一応付き合いのあった弁護士に詐欺事件として立件できないか聞いてはみたが、契約書類を見せるとやはりどうしようもないらしかった。

仮想通貨の金融に関して法整備もまだ不十分だったし、確かに相手側の落ち度もいくつかあるが、結局のところ私が出資した事業が頓挫したというだけのことだった。また、詐欺の可能性は高いものの立証が難しいというのも弁護士の言い分だ。

例えば、その金の流れを追うことが出来れば立証することもできるかもしれないが、それには令状が必要になるし、一方警察が捜査するほどの根拠もないというのが現実だった。

それでも私の手元には二億円もの現金が残っていた。八億円というのは簡単には無くならないが、それでもこの数年間で六億円を失ったという事実は私を焦らせるには十分だった。

私はA子に買収の話を受けようと思うことを伝えた。それで現金が三億円になるなら不動産投資でも何でも出来る余力ができるからだ。二億円では心もとない。

家を売るにしても明らかに買値よりは下がるだろうし、それまでの暮らしを捨てられなかった。数千万程度の一般的な家に住むことすら耐えられなかった。

それに、Cの会社に潰されるよりは買収を受けたほうが単純に賢いというのもある。

A子にとって飲食店の報酬は収入の柱とも言えるものだったが、結局私が店を売るということに同意するなら、それに従うしかなかった。

詐欺というか投資案件に失敗したということも説明した。しかし、A子は以前のように私を励ましてはくれなかった。

Cの会社への身売りは専門家同士のやり取りで、私は一部の書類を提出するのみであっという間に片付き、私もA子も経営者という立場されて、店長であるB子も給料は極端に下がり、一般の平社員という立場になった。つまり、A子はネイルサロンの経営者、私は晴れて無職に舞い戻った。

私は、二年前A子と二人で事業計画をしていたことを思い出していた。私たちの関係はその時から随分と変わってしまった。もし、詐欺の一件がなかったとしても、自立しているが事業が上手くいかずにイラついているA子との関係は長続きしなかっただろう。

それでも、A子に相談せずに二億円の詐欺にあったことが原因なのか、あるいは元々二人の時間を持たずすれ違いの生活を送っていたことが原因なのか、未だに分からないが、私たちはまもなく同棲を解消した。

婚にあれほど向き合い、あえて保留して私が実業による収入を構築するのを支えてくれた彼女だったが、その時の彼女の言い分は「経営に集中したい」とのことだった。

もし、八億円のない人生を歩み、サラリーマンを続けていれば早くに結婚して慎ましくも不自由はない家庭を築いていたのかもしれない。

ただ、それでも「宝くじに当たらなければよかった」とは全く思っていなかった。まだ三億円の現金があるし、A子とはそういう運命ではなかったんだな、と割り切ることも容易だった。

綺麗ごとを抜きにして言えば、自分の持っている金は替えがきかないということだ。素敵な女性はいくらでもいるし、A子もまた違う恋愛をすることになるのだろう。

A子が家を出ても、マンションは私の手元に残った。三億円の現金はあるが無職だ。要は、開業前に戻っただけのことだった。

それからしばらくは有り余った時間を使って興信所や探偵に調査を依頼した。

まずは最も怪しいEについて調べてもらった。土地が離れているということもあり、そもそも断られることばかりだったが、何とか自宅から遠くない、依頼を受けてくれるところを探した。

金はかかったものの、Eは投資家であることしか分からなかった。Eはグレーであるが、前科もなく、健全な投資家とつながっていた。

会社を複数持っているということはない。ただ彼の個人ファンドについては紛れもなく本物だった。Eコインとは言ったがEが開発者というわけではないし、Eも詐欺の被害者である可能性も否めなかった。

Dについても調べたが、彼は複数の企業のオーナー社長で、彼にも怪しいところはなかった。DとEに関してはやはり接点があり、健全なビジネス関係にあるらしかった。しかし、詐欺の証拠が出ないかとあきらめながら、Cについて調べた時、状況は一変した。

Cのコンサルティング会社の親会社の社長(兼オーナー)はDだったのだ。また、そのコンサルティング会社は、私の店を買収した時のような「商売」を生業にしていることが分かった。

つまり、この会社はまずコンサルティング業務を通じて会社の内情を調べ、有望な未上場の企業を安値で買収する会社だったようだ。残念ながらこれも違法ではないらしい。

結局探偵と話して分かったのは私の、SNSの成金投稿が原因だったかもしれないということだ。

まず、私が成金投稿をして注目を集めた。それから、恐らくDが金を持った人間が飲食店を開業したことを知った。

金を突然儲けた人が飲食店を開業するのは、先にも述べた通りハードルが低く、私は、遺産か株か、宝くじ辺りで突然金持ちになったカモだとあたりを付けられたわけだ。

そこで、Dはまず自分のコンサルティング会社を通じてCを私の店に送り込んだ。優秀なCがコンサルタントとして受け入れられると、業績が拡大し始めたのを確認した。

そこで、Dは「オフ会」と称して私を自宅まで招き、そこで偶然を装いEに紹介した。DはEに「Eコイン」を私に紹介させた。もしかすると、EコインではなくDコインと言うべきだったのかもしれない。

Eには手数料でいくらか入り、私の振り込んだ二億円は取引所経由でDの懐に入っているのだと思う。

そして、Dはその一億円で私の店を買収したということだ。要は、私の店をタダ同然で乗っ取ったばかりか、一億円も受け取ったことになる。

これは予測でしかないが、読者はどう思うだろう。私の記憶で書いている部分もあり曖昧な部分はあるが、このような構図は偶然ではないと思っている。

また、Dは「オフ会」をしばしば開催しているようで、これは新たな詐欺のカモを見つけるパーティなのかもしれない。

参加している芸能人や自称経営者たちは花を添えるような役割で、この中にも分け前を貰っている人間がいないとも限らない。

もし私が全額取られていて、無一文になった上に店まで失っていれば何をしていたかわからない。法的な措置が取れないのであれば法外な復讐という手段を取ることもできる。

しかし、そもそもセキュリティが固い住宅ではどうしようもないし、運転手付きの車でDが移動しているのもそれを恐れてのことかもしれない。

実際、まだ残り数億円あれば諦めもつくものだ。興信所に一千万円以上支払ったが、それでもまだ三億円は持っている。当選金がキャリーオーバーしていて本当に良かった。もし四億円だったら無一文になっていたわけだから。

また、A子との関係を失ってしまったが、B子との関係は続いている。彼女はそもそも私とA子がビジネスパートナー以上の関係だということは知らなかったし、詐欺や買収についてもほとんど知らない。

 

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